『トップガン マーヴェリック』が映画史に刻んだもの。そして、トム・クルーズが時代を超えて愛され続ける理由(前)
国内興行収入が110億円(8月15日時点)を超え、なおも高稼働を続ける『トップガン マーヴェリック』。
筆者はこの映画を公開初日の初回に観たが、郊外型シネコンの客席は中高年の夫婦層で占められ、上映中は身を乗り出すように没入感に浸る姿もたくさん見受けられた。さらに終演後は、劇場のポスター前で多くの観客が記念写真を撮り、みんな満足そうな笑顔のオンパレード。そんな光景も含めて、本作に吹く通常ならざる風は、初動の時点でビリビリと感じられた。
公開から3カ月が経つが、この映画は何を与えてくれたのだろう。もっと言えば、何がこれほどまでに観客の心を昂らせたのか。
ひとつ決定的な理由を挙げるなら、私たちはすっかり動画配信が日常生活に浸透した状況の中で、明確に“映画館でしか体感し得ない価値”を見つけたということだ。核となったのはまず圧倒的なまでのリアリティ。本作の場合、それが観客のみならず、作り手側のモチベーションにも大きな違いをもたらしたのは言うまでもない。
晴れて『マーヴェリック』への出演権を勝ち取った若手俳優のひとりは、今回の体験を“トム・クルーズ航空学校”と表現している*。そこではみっちりと講習を受けた上で、撮影時には熟練パイロットと共に実際にコックピットに乗り込み、超音速の機内で自らカメラやマイクを調整。メイクをチェックし、なおかつパイロットに指示を出しながら、機体の動きに合わせて演技を行った。
たとえ映像に不鮮明なところや光の反射があったとしても、それは映像を損なうどころか臨場感をそのまま伝える大きな力となった。また、これほど多くの作業を伴うプレッシャーが、彼らの体現する”若手パイロット”の生々しい心境とも絶妙なまでに重なった。
それを可能とした背景には、当然ながらカメラ技術の進化、スタッフや専門家による安全対策の徹底がある。そして何より、トム・クルーズが常に最前線に立ち、率先してカラダを張って自らの限界を越えようとする姿が、若手俳優やスタッフの目指すべき境地を照らし出したのは明らかだ。
我々が客席にいながらにして圧倒的なまでのGを感じたのなら、それは作り手たちが決してVFXを多用したわかりやすい作り物感に甘んじることなく、むしろ彼らのリアルな体感を観客と最大限共有しようとした努力の賜物だろう。(中編に続く)
*『ニューズウィーク日本版』2022年6月28日号P.67より
photo by AFLO