ウィル・スミスの平手打ち事件から2カ月以上が経ち、アカデミー賞授賞式の記憶も薄らいできたが、今年、密かな注目を集めた作品がある。それは世界中に予想外の感動を与え、“異例のノミネート”を受けた、この『FLEE フリー』だ。
なぜ異例かというと、国際長編映画賞、長編アニメーション賞、長編ドキュメンタリー賞の3部門でノミネートされたから。デンマーク代表の作品なので国際長編という枠は通常どおりだが、アニメーションとドキュメンタリーの両部門同時というのが過去にも例がなかった。通常、ドキュメンタリーといえば実写や残された記録映像で構成されるもの。ところが『FLEE フリー』は事実をすべてアニメで再現したわけだ。同種の作品はこれまでもあったが、ここまで絶賛を集めたのが異例なのである。主人公のアミンは、祖国アフガニスタンで父親が当局に連行されたことで、残された家族とともに国を脱出。モスクワを経由して、ただ一人、デンマークにたどり着いた。想像を絶する過酷な旅路を、アミン本人の告白とともに展開していく。
なぜ本作はアニメで描かれたのか? それはアミンが素顔を出せなかったから。アミンというのも映画のための仮名だ。不法な手段を使ってまでアフガニスタンやロシアを脱出したので、もし素性がバレれば彼や家族に危険がおよぶかもしれない。しかもアミンは現在、同性のパートナーと生活しており、イスラム社会のアフガニスタン出身として大きな葛藤も抱えている。このように設定は確かにシビアだけれど、シンプルな2Dアニメーションが、ほのぼの感で中和。特にアフガニスタンでの少年時代の無邪気な日常など、意外なほど共感してしまうパートが多い、だからこそ時代や国籍、セクシュアリティを超えて、世界の人々にアピールする珠玉作となったのだ。難民という点では現在のウクライナ情勢と重なってしまう瞬間もあり、“今の時代”を肌で感じるうえでも必見!
『FLEE フリー』6月10日公開
製作総指揮/リズ・アーメッド、ニコライ・コスター=ワルドー 監督/ヨナス・ポヘール・ラスムセン 配給/トランスフォーマー
2021年/デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フランス/上映時間89分
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