Autumn Reading
本当のミステリーは 人間の心に潜む!?
真夏のうだるような熱気がおさまり、なんとも過ごしやすい秋がやってきました。そんな気候もあってか、この時期は、食欲・芸術・スポーツの秋などといわれ、心やカラダを高めることに打ちこめる絶好の機会とされています。実りの秋に採れる旬のものを食べ、休日は美術館へ。そして毎日少しでもカラダを動かす。これだけでかなり充実した日々を送れるはず。でも、ちょっと待って。いつもはテレビを見たりお酒を飲んだりして、なにげなく過ごしてしまっている秋の長く静かな夜。そこには〝読書〟がぴったりってこと、忘れていませんか?
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ピーンと張った秋の澄んだ空気感は、まさに本の世界へと没頭できるシチュエーション。そんな静けさの中で読むのは、恋愛、SF、それとも歴史もの? 様々ある中でおすすめなのがミステリー。謎が謎を呼ぶ展開を、ヒヤッとした夜風が後押ししてくれる。秋ならではの演出効果があるって意味でも、このジャンルがうってつけというわけです。といっても、真夏じゃないのでホラーは封印。もしかしたらそれよりゾクッとくるかもしれない、人間の心に潜むミステリーな世界を描いた本を紹介します。
桐野夏生(新潮文庫)
小海鳴海という30代の女性作家が、原稿を残して失踪。その原稿が彼女の夫から編集者に送られる。そこには、彼女が10歳のときにある男に拉致され、1年余り彼のアパートに監禁されていたときのことが赤裸々に記されていた。犯人に強要される淫らな行為と、彼が見せる幼稚性。彼女が救出の望みをかけて連絡を取ろうとした、部屋の隣に住む謎の男。そして、近くで発見された女性の死体。鳴海はそのとき植えつけられた性的な妄想を小説に昇華させ、高校生のときに早熟な天才として作家デビューしたのである。彼女と犯人はどのような生活を送り、それが彼女の人生をどのように変えたのか? 彼女自身の解釈と、彼女の夫となった人物の解釈とが交錯する形で、この謎が探求されていく。
安部公房(新潮文庫)
半年前に失踪した夫を捜してほしい。興信所員の“ぼく”はそんな依頼を受け、根室という男の妻に会いに行く。根室の自宅は、同じ建物が並ぶ団地の一室。その近くのバス停付近から、根室は忽然と姿を消したのだ。妻は心当たりが全くないと言い、手がかりとなるものもほとんどない。わずかな遺留品をたよりに〝ぼく〞が調査をはじめると、その行く手に必ず根室の妻の弟を名乗る男が現れ、監視されているような気味の悪さを感じる。さらに調査を続けると、根室が関わっていたとされる闇の部分がいろいろと見えてくるが、そのどれが本当なのかも定かではない。根室の行方はわからないまま、謎は深まるばかりで、“ぼく”は次第に自分を見失っていく……。現代人の心の迷宮に迫る、安部公房文学の傑作!
平野啓一郎(文藝春秋)
幼い息子を亡くし、夫とも離婚した里枝は、傷ついて故郷の田舎町に戻る。そして、〝大祐〞という地味で真面目そうな男と知り合い、愛し合うようになって結婚。娘をもうけるが、夫は事故で死んでしまう。里枝は、絶縁していると伝えられていた彼の実家にはじめて連絡を取り、なんと夫が大祐ではなかったことを知り愕然とする。本物の大祐は失踪中で、夫は彼になりすましていたらしい。夫は何者だったのか? 弁護士の城戸が調査を依頼され、関係者への聞き取りを通し、里枝の夫の正体へと迫っていく。こうして見えてくるのは、彼の苦難の人生。過去がいかに彼に深い傷を負わせ、つきまとったか。その真相を、里枝たち家族はどう受けとめるのか。結末で深い感動が読者を待ち受けている。
マーガレット・アトウッド 翻訳/鴻巣 友季子(早川書房)
カナダの地方都市でボタン工場を営むチェイス家は、1930年代の大恐慌で没落。労働争議に巻きこまれた、チェイス家の姉妹アイリスとローラは、左翼の活動家アレックスに惹かれ、追われている彼をかくまう。しかし、アレックスに心がありながらもアイリスは家を守るため、新興成金のリチャード・グリフェンと結婚。リチャードが私利私欲のために姉妹を利用したことで、ローラは精神を病み1945年、事故死(自殺!?)する。その2年後、彼女が書いたとされる小説、『昏き目の暗殺者』が出版され、ベストセラーに。この小説で描かれる不倫関係の男女のモデルは誰? リチャードと姉妹の間で実際になにがあったのか? 物語は年老いたアイリスの回想と、ローラ作とされる小説の抜粋が並行する形で、衝撃的な真実を明らかにしていく。
湊かなえ(双葉文庫)
中学校教師の悠子は独身で娘を生み、1人で育ててきたが、幼い娘は彼女の勤務先の学校のプールで水死体となって発見される。事故として処理されるが、悠子はクラスを前にして「娘はこのクラスの生徒2人に殺された」と言い、その2人に復讐を仕掛けたことを打ち明けて、学校を辞職。続いて物語は、2人の中学生のそれぞれの独白、家族の独白などを通し、彼らの心の闇に迫る。科学に関して天才的な才能を見せる修哉と、その修哉に憧れる平凡な中学生、直樹。それぞれの母親との関係が、2人の行動に大きな影響を及ぼしたことがわかってくる。2人は悠子の娘になにをしたのか、なぜそうしたのか? そして、悠子が2人に仕掛けた復讐とは? 謎が少しずつ明らかにされ、戦慄の結末へと至る。
乃南アサ(文春文庫)
法子は志藤和人という男と見合い結婚し、東京都下で精米店を営む夫の実家に同居する。法子を加えて9人という大家族の暮らしに最初は不安を覚えるものの、皆気さくな人たちだったのでほっとする。しかし一方で、和人の曾祖母を頼りにして訪れる人がたくさんいることや、和人の妹と知的障害の弟との異様な親密さを知って、不信感も抱くようになる。さらに志藤家が家を貸している氷屋一家が火事で全員焼死。そのことについて、自分を除く家族がひそひそ声で話しているのを聞いてしまう。氷屋一家は志藤家に殺されたのか? 人々はなぜ曾祖母を頼りにするのか? 疑心暗鬼を募らせる法子を、家族はあの手この手で懐柔しようとする。その先に待っているものは? そして、家族が隠している秘密とは?
ジョン・ヴァーチャー翻訳/関 麻衣子(ハヤカワ・ミステリ)
主人公のボビーは、白人の母親と2人暮らしの若者。会ったことのない父は肌の色の薄い黒人だが、父のことは秘密にし“白人”として生きてきた。母がアルコール依存症気味であるため、ウェイターとして必死に働いている。そのボビーの職場に、3年の刑期を終えて親友のアーロンが現れる。刑務所で黒人から虐待されたアーロンはすっかり黒人嫌いになっており、ボビーの目の前で黒人を挑発して殴り殺してしまう。アーロンと一緒に逃げたボビーは、警察に捕まるという恐怖と、自分の秘密がアーロンにばれるのではないかという恐怖に怯えることになる。ばれたら殺されかねない。どうしたらいいのか?黒人か白人かで人生が決まりかねない、アメリカゆえの歪みが、ボビーとその父の生き方を通して描かれる。
『Safari me time』Vol.5 P28掲載