世界中の話題作を気軽に楽しめるのも、動画配信サービスのいいところ。しかも、その中には出会えてよかったと思える作品も少なくない。各国で“最も視聴されたネットフリックス配信作品”のトップ10にランクインしたロシア映画『刑事グロム VS 粛正の疫病ドクター』は、その大きな利点を改めて感じさせてくれる快作だ。
本編がはじまってすぐに映し出されるのは、舞台となるサンクトペテルブルクの街並み。だが、主人公の刑事イーゴリ・グロムは美しい風景などには目もくれず、というより美しい街を破壊しながら強盗を追いかけていく。これがマイケル・ベイ映画ならド派手で大胆不敵なアクションシーンを咎められることはないかもしれないが、グロム刑事は“やり過ぎ”のせいで上司に叱られるというオチ。冒頭数分で、この作品の迫力、ユーモア、現実味が示される。
写真右が主人公の刑事イーゴリ・グロム。状況をシミュレーションして最善の方法を探るのが特徴。『ダイ・ハード』のマクレーン刑事を彷彿とさせる派手な捜査ぶりは、署内の悩みのタネ
茶色のベレー帽にくったりしたレザージャケットがトレードマークのグロム刑事はその後、ある殺人事件の裁判が行われる法廷へ。被害者は施設育ちの少女、加害者は富豪一家の青年。そして、青年に言い渡された判決は無罪。少女の兄はもちろん、事件の担当刑事だったグロムも、世間も、怒りを覚える。そんな中、街には“疫病ドクター”を名乗る人物が出現し、無罪になった富豪青年を殺害。黒いマントに鳥をモチーフにしたマスクをつけ、金持ちや権力者を次々と粛清しはじめた疫病ドクターを、グロム刑事が追うことになる。
疫病ドクターは腕に装備した火炎放射器で攻撃を仕掛けてくる危険な人物
疫病ドクターの出で立ちは「アメコミ好きの人かな?」と思わせるもので、実際、『刑事グロム VS 粛正の疫病ドクター』自体もロシアの人気コミックが原作。登場直後に明かされる疾病ドクターの正体に、バットマンとして活躍するブルース・ウェインのやり様とその敵ジョーカーの意識を重ねた人も多いと思う。疾病ドクターがSNSを通して若者や貧困層を煽り、模倣犯を従えながらヒーローと化していく展開に漂うのも“ゴッサム感”だ。
確かに、疾病ドクターの“正義”にも一理あるように思えるが、褒められた方法ではないし、正義のボーダーも曖昧で杜撰。そんな疾病ドクターを追い詰めていくグロム刑事こそが、シンプルなヒーローとして目に映ってくる。詳細な人物背景こそ明かされないが、一匹狼気質で、向こう見ずではあるものの観察眼には優れていて、腕っぷしが強く、正しいことをしようとするグロム刑事はやはり魅力的。そんな彼と正反対の生真面目を持つ相棒の新人警察官ドゥービン、腐れ縁でグロムと繋がっていく自称ジャーナリストのユリアら、“チームメンバー”とのやり取りにも一匹狼らしいたどたどしさがあって可愛らしい。
写真左の赤髪の女性が自称ジャーナリストのユリア。グロムのピンチを救う
また、ポップでリズミカルな演出も作品の持ち味だが、とりわけユニークなのはグロム刑事が何か作戦を実行に移す前、(向こう見ずなくせに)頭の中でいちいちシミュレーションをするくだり。あっ、グロム刑事が死んでしまった…と思ったら、それは彼の脳内再生映像。「いかん。この方法では敵にやられてしまう」と結論づけて別の方法を探るグロムが、衝撃とハラハラを余計に提供してくれるのも楽しい。
さらに1つ確実に言えるのは、本編が終わる頃には鑑賞した誰もがグロム刑事たちを好きになるだろうということ。その気持ちに応えてくれるかのような、エンドロール後のお楽しみもある。“ネットフリックスではエンドロールを最後まで見ない派”も、きちんとエンディングまでチェックしてほしい。
『刑事グロム VS 粛正の疫病ドクター』
原作/アルテョム・ガブレリャノフ、エフゲニー・フェドトフ 監督/オレグ・トロフィム 出演/ティーホン・ジズネーフスキ、リュボーフィ・アクショノヴァ、セルゲイ・ゴロシュコ、アレクセイ・マクラコフ 配信/ネットフリックス
2021年/ロシア/視聴時間137分
photo by AFLO