『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)
ウェス・アンダーソン、ギレルモ・デル・トロ、ダニー・ボイル、ヨルゴス・ランティモス、タイカ・ワイティティ、マーティン・マクドナー……。現在の映画界を席巻する錚々たる監督たちが、サーチライト・ピクチャーズで2本以上の映画を撮っている。いくら名の知れた監督でも、作家性の強い作品はメジャースタジオではなかなか実現できない。そこで受け皿になるのが、サーチライトのような会社になるからだ。
今年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『オッペンハイマー』、また多数ノミネートを達成した『バービー』のようなメジャースタジオの作品が軒並み製作費1億ドル(約150億円)以上だったのに対し、同じく作品賞ノミネートのサーチライト作品『哀れなるものたち』は3500万ドルと、約1/3。それでも“製作費が少なくてもいいから、撮りたいものを撮らせてほしい”というのが監督の本音で、その要望にサーチライトは応えている。
『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年)などで知られるリチャード・リンクレイター監督が俳優を実写で撮影し、それをデジタルペインティングでアニメのように加工した『ウェイキング・ライフ』(2001年)は、サーチライトだからこそゴーサインが出た超野心作。サーチライト作品で日本最大のヒットとなった『ブラック・スワン』(2010年/興行収入23.9億円)も、ダーレン・アロノフスキー監督の鋭利なセンスが全開だったが、そんな作家性にナタリー・ポートマンの衝撃演技、日本でなじみの深いバレエの世界がうまくハマった。『天国の日々』(1978年)や『シン・レッド・ライン』(1998年)などの巨匠テレンス・マリックも、ブラッド・ピット主演で大胆なヴィジュアルで人生を探求する『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)をサーチライトと組んで実現。カンヌ国際映画祭パルムドールの栄誉がもたらされた。
『哀れなるものたち』(2023年)
もともと20世紀フォックスというメジャースタジオの子会社だったフォックス・サーチライト・ピクチャーズは、2019年のウォルト・ディズニー・カンパニーによるフォックスの買収劇でディズニーの傘下となる。名称もサーチライト・ピクチャーズと短縮されたが、その際に危惧されたのは、ディズニーの下で“サーチライトらしさ”、つまり自由な作風が失われるのでは……ということだった。ギレルモ・デル・トロらフィルムメーカーたちによる“サーチライトのような映画作りの場所を維持してほしい”という訴えを、ディズニー側も早い段階で容認。買収劇後もサーチライトのスタンスは変わらず、2023年の『哀れなるものたち』はディズニー作品としては初めてのR18+指定(18歳未満は鑑賞不可)となった。
こんな風に書いていくと、サーチライト作品は作家性が強く、エッジの効きすぎたものが多いという印象を与え、なんとなく敷居が高そうだが、じつはそんなこともない。サーチライトを世界的に一躍、有名にした1997年の『フル・モンティ』は、ストリップに挑む中年男たちの痛快コメディだったし、日本映画としてリメイクされた『サイドウェイ』(2004年)や、家族ドラマの『リトル・ミス・サンシャイン』(2006年)のように、誰でも親しみやすいドラマがたくさん作られている。日本ではDVD発売の際に『バス男』という“勘違い”的タイトルが付けられ(当時、ブームだった『電車男』に便乗)話題になった『ナポレオン・ダイナマイト』(2004年)も、オタク高校生を主人公にしたユルいコメディだった。サーチライトの大きな信念のひとつが“同じことを繰り返さない”こと。作品が多くのジャンルにわたるのは必然なのである。
『ボーイズ・ドント・クライ』(1999年)
サーチライトで初のアカデミー賞作品賞となった『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)も、インドを舞台にしたエンタテインメント。サーチライトは北米の配給のみを手がけたが、“こんな映画がアメリカで当たるはずはない”と他の会社が降りて、タナボタ的に転がり込んだ結果、大成功を収めた。作品を見極める感覚に関してサーチライトはとにかく優れており、『ボーイズ・ドント・クライ』のように1999年の時点でトランスジェンダー男性を主人公にした映画を送り出しているところに、時代を先取りする“先見性”も感じる。
では今後のサーチライトには、どんな作品が待機しているのか。これから始まる映画賞レースに絡みそうなものは3本。『Nightbitch(原題)』は、出産したヒロインが犬に変身してしまうという、かなり突飛な作品で、エイミー・アダムスが大胆を極めた演技で主演女優賞ノミネートの呼び声も高い。サンダンス映画祭で脚本賞を受賞した『リアル・ペイン〜心の旅〜』はNYに住むユダヤ人の従兄弟2人が、アウシュヴィツへのツアー旅行に参加するヒューマンドラマ。ジェシー・アイゼンバーグとキーラン・カルキン(マコーレー・カルキンの弟)が深い感動を届ける。そして人気スター、ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じることが話題の『A Completed Unknoown(原題)』も演技賞に絡むのは確実か。賞レースに向けてサーチライトは、この中から本命を絞って、推していきそうだ。
さらに来年(2025年)以降も、日本で撮影を行い、オスカー俳優のブレンダン・フレイザー、平岳大、柄本明が共演する『Rental Family(原題)』など楽しみなプロジェクトが途切れない。“同じことをやらない”サーチライト・ピクチャーズなので、これからもチャレンジングな作風で、衝撃や感動、興奮を届ける傑作を放ち続けていくことだろう。
【映画】設立30周年のサーチライト・ピクチャーズは何がすごい!?①クオリティの高さと賞レース狙いの戦略
【映画】設立30周年のサーチライト・ピクチャーズは何がすごい!?②新人にチャンスを与え、ベテランには独自世界を追及させる
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