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CULTURE カルチャー

2023.12.28

映画評論家 森直人が選ぶ
年末年始に観てほしい! 2023年公開映画の傑作5選【邦画編】

今年も一年、どうもおつかれさまです! 仕事納めは済みましたでしょうか。さて本稿は2023年新作映画のざっくりした総まとめ的ガイド。年末年始、配信で観られるものか、現在映画館で公開中の作品に絞って、『Safari Online』ユーザーの諸兄に向けて計10本(洋画5本、邦画5本)をピックアップしてみました。メジャーなヒット作よりは、隠れた名作のほうを優先。少しでもお愉しみの参考になれば幸いです!


※画像は会見時のもの

『市子』

製作年/2023年 原作・監督・脚本/戸田彬弘 出演/杉咲花、若葉竜也、宇野祥平、森永悠希

2023年の日本映画、最後(12月)になってぶっ込まれた超大玉。今年の各種賞レースにはタイミング的に間に合わなかったところも多いが、とにかく今すぐ映画館に駆け込んでいただきたい作品がこれだ。

主演は杉咲花。東京出身の彼女だが、NHKの朝ドラ『おちょやん』(2020年~2021年)でも披露したネイティブさながらの見事な関西弁で過酷な宿命を背負ったヒロイン、市子を鮮烈に演じ切る。

監督は俊英・戸田彬弘(1983年生まれ)。もともとは彼が主宰する劇団チーズtheaterの旗揚げ公演作品であり、サンモールスタジオ選定賞2015で最優秀脚本賞を受賞したオリジナルの戯曲『川辺市子のために』が原作。それを映画用に再構築し(脚本は上村奈帆と戸田の共同)、圧巻の熱量でスクリーンに焼きつける。

まるで実録ものかと見間違うような社会派のミステリータッチは非常にパワフルで、日本の平成史と重なるロングスパンの時制を行き来する物語をぐいぐい引っ張っていく。若葉竜也や宇野祥平など実力者俳優たちのアンサンブルも素晴らしく、特に市子の母親なつみを演じる中村ゆりの色気と哀愁が凄い! そして市子を守るヒーロー願望に憑かれた同級生の“北くん”を怪演する森永悠希のズタボロ感がエグい!

全編まったく飽きさせず、重量級の感動と衝撃をもたらす。『砂の器』(1974年/監督:野村芳太郎)や『嫌われ松子の一生』(2006年/監督:中島哲也)などと比較される、すでにスタンダードの風格を備えた新しい名作の誕生だ。
 

  

 


『月』
製作年/2023年 原作/辺見庸 監督・脚本/石井裕也 出演/宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ 

今年いちばんの問題作にして、気合の入りまくった大力作と言えばコレを置いてほかにない。日本の若手監督の代表格である石井裕也監督(1983年生まれ)が、彼が最も敬愛するという辺見庸の同名小説を大胆に脚色して映画化。企画を立てたのは『新聞記者』(2019年/監督:藤井道人)など硬派な話題作の数々で知られる映画会社スターサンズ代表だった河村光庸(2022年6月に72歳で急逝)。彼の遺志を受け継ぎ、石井監督は『茜色に焼かれる』(2021年)などを超える自身最高のハイボルテージを発揮。難しい主題の物語を特異な作品設計で叩きつけた。

本作の“問題作”たるゆえんは、2016年に起こった相模原障害者施設殺傷事件をベースにした内容だからである。タブーに抵触する領域の事情について石井監督は出来得る限りの取材やリサーチを重ね、日本社会のリアルな闇を問題提起として映画に反映させた。

もともとはKADOKAWAと共同配給の予定だったが、当初から石井監督の志向性については会社チーム内で意見が分かれていたらしい。それを庇っていたのは当時の会長・角川歴彦だったが、2022年9月、東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約をめぐる汚職事件で逮捕。そこからKADOKAWAは検討を重ねたすえに配給を辞退。宮沢りえやオダギリジョーが主演する豪華な座組みながら、異例のインディペンデント映画としてスターサンズが単独配給することになった……というこの映画の公開までをめぐる複雑な経緯も広く報道された。

結局、小規模公開ではじまった本作『月』は激しい賛否両論や議論を呼びながらスマッシュヒットを記録し、年末年始の映画賞レースの目玉作品のひとつとも言われている。まさに石井監督&そのチームの執念の勝利と言えるだろう。映画の内容自体はバチクソに暗く重い気分になることは間違いないが、絶望の果てに一抹の希望を確かに感じられる映画でもある。

『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』(2023年/監督:武内英樹)と本作、真逆の傾向の作品で重要なポジションを堂々担った二階堂ふみ(第48回報知映画賞助演女優賞を受賞)、そして最もリスキーな役柄を引き受け、本年度の助演男優賞を総ナメにするであろう磯村勇斗(今年は『正欲』『渇水』『波紋』『最後まで行く』もあり、すべて良作という作品選択眼が凄い!)にも改めて拍手を贈りたい。
 

  

 

※画像は会見時のもの

『ほかげ』
製作年/2023年 監督・脚本・撮影/塚本晋也 出演/趣里、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣、唯野未歩子

ハリウッドでも大ヒットを記録した『ゴジラ-1.0』(2023年/監督:山崎貴)は当然必見として、同じく戦争直後の焼け跡や闇市を舞台にしながら、ずっとミニマルで映像詩のような美しさに満ちたこちらの傑作にも注目したい。『鉄男』(1989年)や『六月の蛇』(2003年)の世界的名匠であり、『シン・ゴジラ』(2016年/監督:庵野秀明、樋口真嗣)などでは俳優としても知られる塚本晋也監督(1960年生まれ)の最新作。第80回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得した。

主演を務めるのは、やはり戦後を背景にしたNHKの朝ドラ『ブギウギ』が大好評中の趣里。物語はまだ終戦から間もない夏、バラックの小さな居酒屋を独りで営む女(趣里)の姿からはじまる。やがてその狭い店に、空襲で家族を亡くした孤児の少年(塚尾桜雅)が入り浸るように。さらに戦場で狂気を目の当たりにしてきた復員兵の青年(河野宏紀)も住み着き、三人は疑似家族のような日々をしばらく過ごすことになる。

クエンティン・タランティーノやギャスパー・ノエ、『ザ・ホエール』のダーレン・アロノフスキーなど、多数の映画監督から尊敬を集める“クリエイターズ・クリエイター”(同業者から敬愛される表現者)の塚本監督。本作『ほかげ』にも利重剛、大森立嗣、唯野未歩子、河野宏紀といった映画監督としても著名な面々が俳優として集結しているのも興味深い。内容は『野火』(2015年)と『斬、』(2018年)の流れを汲んだもので、特に『野火』の続編的な要素が強い。戦争と暴力が渦巻く時代において、平和や未来を希求する祈りのようなシネエッセイだ。ちなみにタイトルの『ほかげ』は火の光や灯火に照らされてできる影を指す『火影』のことだが、『NARUTO-ナルト-』の火影忍者とは何の関係もない(念のため)。
 

  

 

『逃げきれた夢』
製作年/2023年 監督・脚本/二ノ宮隆太郎 出演/光石研、吉本実憂、坂井真紀、工藤遥、杏花

本年度の日本映画の大穴とでも言うべき味わい深い傑作。主演は光石研。監督とオリジナル脚本を手掛けたのは、俳優としても活躍する二ノ宮隆太郎(1986年生まれ)。先輩俳優として光石をこよなく敬愛する二ノ宮監督は、彼の主演を前提として物語を紡いだ。撮影は『ドライブ・マイ・カー』(2021年/監督:濱口竜介)など世界的に高く評価される名手・四宮秀俊で、本作は第76回カンヌ国際映画祭ACID(アシッド)部門に正式出品された。

お話は北九州の定時制高校で教頭を務める主人公・末永周平が、ある症状(劇中では「記憶がだんだん薄れていく」とだけ説明される)に見舞われたのをきっかけに、自らの人生を見つめ直すといった内容。

大枠は黒澤明監督の名作『生きる』(1952年)に近いのだが、それを小津安二郎的な無常観で描いたもの……というだけではまだ説明が足りない。『生きる』の主人公は胃がんを宣告されてから、自分の人生や死の問題、残された時間と向き合う。そして“立派なこと”をやろうとするわけだが、対して『逃げきれた夢』の周平は空回りばかり重ね、時にはボ~ッとしてしまう。「やりたいこと……何やろね?」みたいな(笑)。

さらに妻(坂井真紀)や娘(工藤遥)に対しては“かまってちゃん”みたいになって、「人間、好かれようと思って真逆のことするの、よくあるやん!」と逆ギレしたりする。どちらが等身大のリアルで、本当に身に染みるかは実際に本編をご覧になって確かめていただきたい。情けない周平に鋭い目を向ける女性キャスト陣(吉本実憂、坂井真紀、工藤遥、杏花など)も本当に素晴らしい。

ちなみに黒澤作品は、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロによる脚色、名優ビル・ナイ主演のイギリス映画『生きる LIVING』(2022年/監督:オリヴァー・ハーマナス)としてリメイクされた。こちらも大変良い出来なので、合わせて鑑賞するのもおすすめ!
 

  

 

『エゴイスト』
製作年/2023年 監督・脚本/松永大司 出演/鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、柄本明、阿川佐和子 ※U-NEXTにて独占配信中
 
エッセイストである高山真の自伝的な同名小説の映画化で、ゲイカップルのラヴストーリー。主演を務めるのは、来年(2024年)配信予定のネットフリックス映画『シティーハンター』で主人公・冴羽獠役を演じる鈴木亮平。今年はもうひとつの主演作『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』(監督:松木彩)が大ヒットしたが、彼の演技力の凄さを味わうためにはぜひこちらを観ていただきたい。

東京の出版社でファッション誌の編集者として働く浩輔というゲイの男性を演じるのだが、とにかくめちゃくちゃうまい。彼が“剛”だとすると、それを受ける“柔”は相手役の宮沢氷魚。このふたりのコンビネーションが本当に素晴らしく、国内外の映画祭などでも絶賛を受けている。鈴木は第22回ニューヨーク・アジアン映画祭2023 ライジングスター・アジア賞を、宮沢は第16回アジア・フィルム・アワードで最優秀助演男優賞を受賞した。

監督の松永大司(1974年生まれ)はかつて俳優としても活躍しており、『ウォーターボーイズ』(2001年/監督:矢口史靖)や『ハッシュ!』(2002年/監督:橋口亮輔)などに出演していた。『きのう何食べた?』の西島秀俊&内野聖陽が脱力日常系だとしたら、こちらの鈴木&宮沢はもっと熱っぽい。純粋に“役者を観る歓び”を堪能させてくれる名作だ。また宮沢の母親役を演じるエッセイストの阿川佐和子も素敵な存在感を見せている。
 

  

 

 
文=森直人 text:Naoto Mori
Photo by AFLO
(C)2023『月』製作委員会 ©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ © 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会
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