「これは絶対的な名作(absolute classic)だ。『ダークナイト』に大きな影響を与えたよ」
マイケル・マン監督の1995年の犯罪アクション映画『ヒート』のDVDパッケージを手に取りながら、この映画の凄さを愛情たっぷりに熱弁するのはクリストファー・ノーラン監督。フランスのエンタメサイト『コンビニ』(Konbini)のYouTubeチャンネルで配信している人気シリーズ『コンビニ・ビデオ・クラブ』に、『オッペンハイマー』の主演キリアン・マーフィーと一緒に出演した時のひとコマである(2023年7月23日配信)。
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そう、ノーラン監督のスーパーヒーロー映画『ダークナイト』(2008年)が、あらゆる点で『ヒート』を参照していることは、いまや映画教養の基礎知識と言っていいほど有名な話である。例えば2016年9月、全米監督協会主宰の『ヒート』20周年記念企画で、マイケル・マン監督、W主演のロバート・デ・ニーロとアル・パチーノが出席した豪華トークイベントの司会を務めたのが、ほかならぬクリストファー・ノーランであった。
『ヒート』⇒『ダークナイト』の影響関係で、最もわかりやすいというか一目瞭然なのは襲撃&銃撃シーンである。『ダークナイト』では冒頭、ヒース・レジャー扮するジョーカーに雇われた道化師のマスクをかぶった強盗団が、ゴッサム・シティ(ロケ地は米シカゴ)の銀行を襲う。この場面の演出と設計が、『ヒート』の序盤と後半部にある同様のシーンに笑ってしまうくらいよく似ているのだ。まずはロサンゼルスの昼下がりに、ニール・マッコリー(ロバート・デ・ニーロ)率いる犯罪チームが現金輸送車を襲撃する。さらに後半に入ってから、彼らは銀行を襲撃するが、ロサンゼルス市警(LAPD)の強盗殺人課に所属する警部補ヴィンセント・ハナ(アル・パチーノ)たちのチームに追跡され、街中で壮絶な銃撃戦となる。
ちなみに『ダークナイト』で襲撃される銀行の支店長役を演じているのは、『ヒート』で重要な黒幕となる裏金の資金洗浄屋ロジャー役に扮していたウィリアム・フィクナー。これは明確にノーランが当て込んだオマージュ・キャスティングで、実は当初、彼はアーロン・エッカートが演じた大役、ハービー・デント検事ことトゥー・フェイスを演じる予定だった。どんだけ『ヒート』好きやねん!って話である。
そして物語構造の点でも『ダークナイト』は『ヒート』を受け継いでいる。キャラクターではなく人物のポジションという意味で、共に血塗られた宿命を背負う犯罪者ニール・マッコリーと刑事ヴィンセント・ハナは、ジョーカーとバットマンのような関係と言える。つまり立場の異なるコインの表と裏のようなW主人公(二大ヒーロー)が、宿命的に出会い、リアルな都市の中で対決する。さらにニールと恋仲になる書店勤務兼デザイナーの女性イーディ(エイミー・ブレネマン)と、バットマンことブルース・ウェインの幼馴染みで、ハービー・デント検事に思いを寄せるレイチェル(マギー・ジレンホール)が何となく重なるイメージを持っていたりなど、女性キャラクターのポジションも結構似ている。
これと同様の図式を備え、やはり『ヒート』から強い影響を受けたスーパーヒーロー映画がもうひとつある。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の中でも屈指の傑作として知られる『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年/監督:アンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ)だ。本作ではキャプテン・アメリカと、かつて親友だった暗殺者ウィンター・ソルジャーがワシントンD.C.で激突する。DCコミック映画の『ダークナイト』とマーベル映画の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』、この二作の元ネタ(というか教科書)になっているだけでも、『ヒート』のツメアトの偉大さは圧倒的だろう。
そんな『ヒート』の最大のトピックと言えば、やはり二大スター、ロバート・デ・ニーロ(1943年生まれ、当時42歳)とアル・パチーノ(1940年生まれ、当時45歳)の実質的な初共演ということである。もっともふたりは『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年/監督:フランシス・フォード・コッポラ)で共に大役を演じていたわけだが、出演は異なる時制パートだったため(デ・ニーロは若き日のドン・ヴィトー・コルレオーネ役、パチーノはその息子で二代目のドンになるマイケル役)、その時は一度も同じフレームに収まっていなかったのだ。
しかし二大スター初共演を謳った『ヒート』のリアルタイム公開時、観客が驚かされたのが、「ふたりがなかなか出会わない」ってこと。まるで焦らしているかのように、映画がはじまってしばらく経っても彼らはずっと違う世界線を生きている。171分の長尺において、デ・ニーロとパチーノが顔を合わせるのはようやく真ん中あたり。ロス空港に向けてクルマを飛ばすニール(デ・ニーロ)を、パチーノ(ヴィンセント)が追跡して呼び止め、「やあ、一緒にコーヒーでもどうだ?」と声をかけるのだ。
このクルマの窓越しの会話のあと、ふたりはダイナーに移動。テーブルを挟んで向き合い、「俺たちゃ結婚に向いてないよな」とか「お前をブタ箱には送り込みたくないんだ」など、初対面かつ敵同士にもかかわらず、やたら気の合ったトークを繰り広げるのだった。
以上のほんの短い邂逅のあと、次にふたりが顔を合わせるのはラストの決着シーンだけである。この共演部分の驚愕的な少なさのせいで、「実は全部、別撮りじゃねえか?」という噂が都市伝説のように流れた。確かにふたりが一緒にいるシーンも、基本的にカットバック(切り返し)でひとりずつ撮っているので、簡単な合成でツーショット作れるんじゃね? という風に見えてしまうのだ。そこから憶測が憶測を呼び、ついにはデ・ニーロ&パチーノの不仲説にまで発展してしまったが、もちろんそれはガセネタ。安心してください、ちゃんと共演してますよ! とばかりに、ふたりがしっかり同じテーブルに座っている撮影現場写真などが後日公開された。さらに後年、ふたりは『ボーダー』(2008年/監督:ジョン・アヴネット)と『アイリッシュマン』(2019年/監督:マーティン・スコセッシ)で仲良く共演を果たしている。
ほかにも『トップガン マーヴェリック』(2022年/監督:ジョゼフ・コシンスキー)に懐かしのアイスマン役で登場したヴァル・キルマー(当時35歳)が若い! とか、ヴィンセントの義理の娘役のナタリー・ポートマン(当時14歳)が可愛い! とか、ガンマニアとしても有名なマイケル・マン監督の変態的なまでに本物の銃にこだわる映画術など、『ヒート』の見どころや逸話はたくさんある。
さて、いま巷で話題が盛り上がっているのは、まさかの続編『ヒート2』の行方である。2022年8月、小説版『ヒート2』が全米で発売され、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリスト初登場1位を獲得した。これがなんとマイケル・マン監督による小説家デビュー作なのだ!(共著者はエドガー賞受賞作家のメグ・ガーディナー)。もともと『ヒート』は、マン監督が90分のテレビドラマとして撮った『メイド・イン・L.A.』(1989年)のセルフリメイクであり、脚本も彼自身のオリジナル。それくらい思い入れのある物語なのだ。
そして今年(2023年)5月、邦訳版(訳:熊谷千寿/ハーパーコリンズ・ジャパン刊)も発売された。物語は映画『ヒート』のラストシーンの翌日、ヴァル・キルマーが演じた強盗団のひとり、クリス・シハーリスが満身創痍でロサンゼルス脱出を試みるシーンからはじまる。運命のあの日を境に12年間が交錯し、強盗団のニールとシカゴ市警時代のヴィンセント――デ・ニーロとパチーノが演じたふたりの意外な過去と、メキシコの麻薬カルテルや南米の台湾系ファミリーも巻き込んだクリスの鬼気迫る逃避行が壮大なスケールで描かれていく内容だ。
果たして映画版のほうはどうなるのだろう。一時期、主演はアダム・ドライバーが務めるかも? という情報が流れたが、むろんまだ確定ではない。彼はまもなく全米公開(2023年12月25日)となるマイケル・マン監督の最新作『フェラーリ』にも主演している。現在80歳のロバート・デ・ニーロと83歳のアル・パチーノは、いったいどういった形で映画に絡むのか、あるいは絡まないのか? そしてデ・ニーロと同じく御年80歳のマイケル・マン監督(1943年生まれ)は自らメガホンを取るのか? ようやく米俳優労組の長期ストライキが合意に至り再開したハリウッドの大きな企画のひとつとして、期待は高まるばかりである。
『ヒート』
製作年/1995年 製作・監督・脚本/マイケル・マン 出演/アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ヴァル・キルマー、トム・サイズモア
photo by AFLO