1984年を舞台にした〈ナイキ〉のバスケットシューズ、エア・ジョーダン誕生秘話を描く映画『AIR/エア』(2023年/監督:ベン・アフレック)では、オープニングでこの年を象徴する出来事・人物・アイテムがダーッとモンタージュされる形で登場する。ロナルド・レーガン大統領の再選、ワム!やランD.M.C.やザ・ポリスらの人気ミュージシャン、バンド・エイド、ボストン・セルティックス優勝、ハルク・ホーガン、エアロビクスブーム……などに交じって、ヒット映画が2本紹介されるのだ。それが当時の年間興収第1位の『ビバリーヒルズ・コップ』(監督:マーティン・ブレスト)と第2位の『ゴーストバスターズ』(監督:アイヴァン・ライトマン)なのである。あっ、シルヴェスター・スタローンがラジー賞の最低主演男優賞を獲得した『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』(監督:ボブ・クラーク)も含まれているが。
確かにこのツートップ――『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年12月全米公開)と『ゴーストバスターズ』(同年6月全米公開)は、共に甲乙つけがたい80s’アメリカ娯楽映画の記念碑である。前者はバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』出身で、『48時間』(1982年/監督:ウォルター・ヒル)の準主役により映画界へと進出したアフリカ系コメディアン、エディ・マーフィをスーパースターの座に押し上げたポリス・アクションコメディ。企画当初はシルヴェスター・スタローンが主演する予定だったが、内容や予算の問題で降板することになり、そちらは『コブラ』(1986年/監督:ジョージ・P・コスマトス)という微妙な出来の刑事アクション映画にまとまったことも有名な話だ。
対して『ゴーストバスターズ』は、やはり『サタデー・ナイト・ライブ』出身の芸人、ダン・エイクロイドが立案した企画。もともと超常現象マニアであり、全米心霊研究協会の会員でもあったという異能のエイクロイドは、ゴースト(おばけ)退治の専門業者が活躍するコメディ映画を作ろうと動きはじめた。彼はそれを『ブルース・ブラザース』(1980年/監督:ジョン・ランディス)で共演した盟友、ジョン・ベルーシとの次のヒット作にしようと目論んでいたのだ。しかし破天荒な生き様を見せていたベルーシは、薬物中毒により1982年3月5日に33歳の若さで逝去。さらにエイクロイドは、実は主演チームのひとりとしてエディ・マーフィの起用を考えていたが、当時乗りに乗っていたマーフィは自らも製作に参画した『ビバリーヒルズ・コップ』の主演を選び、そちらで大成功を収める。
結果的に主演の座を射止めたのは、『サタデー・ナイト・ライブ』の仲間であったビル・マーレイとハロルド・ライミス。このふたりは監督に決まったアイヴァン・ライトマンの前作、軍隊もののコメディ映画『パラダイス・アーミー』(1981年)で共演した間柄でもあった。
こうしてダン・エイクロイドも加えた三人のメンバー、ゴーストバスターズの名物トリオが爆誕。正直、当初は“次点”といった空気もあった人選だが、濃いキャラばかりで固めなかったバランスが功を奏した。エイクロイドとライミスは共同脚本も兼ねているだけあり、作品全体の仕上がりを優先する客観的な視座を持ち合わせていた。現場では即興演技も多かったが、エゴのぶつかり合いなどもなく、奇跡的なまでに良好で絶妙なアンサンブルを生んだのだ。このへんの流れはまさに運命のいたずらといった感じだが、ともあれエディ・マーフィも『ゴーストバスターズ』チームも、みんな自分たちにとって正解の方を選択していったのである。
さらに『ゴーストバスターズ』が後世への甚大な影響力を持ったのは、内容以上にその“アイコン力”においてだ。もちろんマシュマロマンやスライマーといったゴーストのキャラクターも魅力的だが、特筆すべきは斜線がゴーストを遮っている『No-Ghost』のシンボルマーク。これは映画史上で最も幅広く普及し、様々なカルチャーに派生したロゴデザインのひとつだと言われている。とりわけTシャツやパーカなどではおなじみの定番グラフィックであり、例えばニルヴァーナのニコちゃんマーク等と同じように幾度も流行を繰り返している。
もうひとつ、あまりに有名なのが全米ヒットチャートNo.1に輝いたレイ・パーカー・ジュニアの書き下ろしの同名主題歌だ。映画本編を観たことなくても、この曲は知っているという人(特に若い世代)は多いのではなかろうか。日本でもスズキの軽自動車『スペーシア』のCMなどで使われていたし、宮藤官九郎脚本のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)にも「♪ゴーストバスターズ!」の元気な掛け声が飛び交った。ただ、このキラーチューンの印象ばかりが強すぎて、堅実なキャリアと実力のあるレイ・パーカー・ジュニアが一発屋扱いされていることは気の毒な話である(実際は1981年の『ウーマン・ニーズ・ラヴ』などほかのヒット曲もある)。
そして『ゴーストバスターズ』は、テレビのスピンオフ・アニメシリーズ『リアル・ゴーストバスターズ』(1986年~1991年)をはじめ、ゲームやおもちゃ、コミックやアトラクション、ファッションなどマーチャンダイズ展開も華々しく拡大。もっとも実写映画では、ほぼ同じ座組みの製作で5年後に公開された『ゴーストバスターズ2』(1989年)はコロンビアピクチャーズからの強い要請でしぶしぶ引き受けたこともあって、内容も興行も低調に終わった。しかし近年になり、女性ばかりのバスターズを主人公にしたリブート版『ゴーストバスターズ』(2016年/監督:ポール・フェイグ)と、オリジナル前二作の続編として孫世代のジュブナイル物に仕立てた『ゴーストバスターズ/アフターライフ』(2021年)が発表された。
後者はオリジナルの監督であるアイヴァン・ライトマン(2022年2月12日に75歳で逝去)が製作に回り、彼の息子で『JUNO/ジュノ』(2007年)や『マイレージ、マイライフ』(2009年)、『ヤング≒アダルト』(2011年)などの傑作を撮っている俊英ジェイソン・ライトマンが監督を務めている。1977年生まれのジェイソンは11歳の時、『ゴーストバスターズ2』に“Brownstone Boy #2”役でちょろっと出演していた。またスペングラー博士役のハロルド・ライミスが2014年2月14日に69歳で逝去したため、リブート版『ゴーストバスターズ』と『ゴーストバスターズ/アフターライフ』は彼に捧げられている。
こうした直接のフランチャイズのほか、間接的なDNAの伝播ともなればそれこそ枚挙に暇がない。あのメガヒットを記録した任天堂&イルミネーション共同製作のアニメーション映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(2023年/監督:アーロン・ホーバス、マイケル・イェレニック)も、同じニューヨークを舞台にしたパートは『ゴーストバスターズ』からの影響や引用が良く指摘された。
1984年当時は『ビバリーヒルズ・コップ』に興収トップの座を譲った『ゴーストバスターズ』だが、あれから約40年経ち、こちらの方が残したツメアトは広く深いのかもしれない。いや、もちろん、世界的にメジャーなブラックムービーの先駆のひとつである『ヒバリーヒルズ・コップ』も偉大であり、やはり甲乙つけがたいのだけど。
『ゴーストバスターズ』
製作年/1984年 製作・監督/アイヴァン・ライトマン 脚本・出演/ダン・エイクロイド、ハロルド・ライミス 出演/ビル・マーレイ、シガニー・ウィーバー、リック・モラニス、アニー・ポッツ
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photo by AFLO