『アステロイド・シティ』(2023年)
ウェス・アンダーソンの作品は、ひと目見た瞬間から観る者を惹きつけ、その世界の内部をじっくり時間をかけて探訪してみたい気持ちにさせる。
様々な要素を掛け合わせ、唯一無二の域まで昇華されたユニークな世界観。一作ごとにガラリと様相を変えながら、それでいてひと目で彼の作品だと分かるビジュアル。ひと癖も二癖もあるのになぜだか愛さずにいられないキャラクターたちーーー。これらの要素はアンダーソン流の映画術によって絶妙に配置され、各々がバラバラの存在だったものが、いつしか驚くほどの一体感を持ってとびきりのハーモニーを奏で出す。
こういった誰もが知る傾向を踏まえたうえで、あえてもう一歩踏み込むと、そこには楽しくて可愛らしい外見とはやや異なる、繊細な内面が透けて見えてくる。実のところ彼の作品では、主人公の切実な悩みや悲しみといったものが物語の核となっているケースがとても多いのだ。
少年時代に経験した”両親の離婚”
“悩み”や“悲しみ”と私は書いたが、それは結局のところ、ウェス・アンダーソン自身が幼き日に経験した出来事からはじまっていると言っていい。小学生の頃、彼の両親は離婚し、ウェスを含む三人兄弟は、それ以降、母のもとで暮らすことになった。
これまでひとつ屋根の下で生活してきた家族が、ある日を境にそうではなくなる。この出来事は当然ながら幼き日の彼の精神を揺るがす大事件だったようで、長きにわたってこの現実を受け入れることができなかったという。そして彼はこの悲しみを紛らすかのように、劇の脚本執筆により力を注ぐことになったそうだ。(*)
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)
その頃の彼がどのような物語を生み出していたのかは想像するしかないが、彼自身、複雑な想いを抱えたこの時期、”創作すること”によって大きく救われてきた人であるのは確かだろう。
彼は長編3作目となる『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)で、“両親の離婚”というまさに自らの記憶を投影するかのような直球テーマに挑んでいる。ただ、これがまるっきり自伝的な作品かというとそうではなく、事実と重なるのはほんの一部(アンジェリカ・ヒューストン演じる母親役が実の母親と似ていることなど)だけで、ジーン・ハックマン演じる自由奔放すぎる家長をはじめ、大部分は完全なるフィクションに過ぎない。
『アステロイド・シティ』撮影中(2023年)
これはひとつのアンダーソン作品の特徴かもしれない。彼は自身の記憶や経験した出来事や感情を作品に込めつつも、しかしそれを決してストレートに表現しようとはしないのだ。生じた思いを大切に包みながら、さらに様々な要素を絡み合わせ、細部を入念に彩り、脚本コラボレーターたち(初期にはオーウェン・ウィルソン、ノア・バームバック、中期以降にはロマン・コッポラなど)ともアイデアのキャッチボールを重ねていく。そうやって、決して独りよがりにならず、何よりも自分たちが楽しめて、観客にも心から楽しんでもらえる奇想天外な”世界”を創り上げていくのである。(中編に続く)
*)参照
https://www.sfgate.com/entertainment/article/Shaping-Rushmore-In-His-Own-Image-Young-2950643.php
『ミッション:インポッシブル』の特集記事を読む
https://note.com/safarionline/n/n962cd0924cfe
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