『羊たちの沈黙』
製作年/1991年 原作/トマス・ハリス 監督/ジョナサン・デミ 脚本/テッド・タリー 出演/ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン
クローズアップ映像にスリルが倍増!
若い女性を狙った猟奇連続殺人事件が発生。FBI候補生クラリスは犯人像の手がかりを求めて、獄中の精神科医レクターを訪ねる。レクターは天才的な頭脳を持つ一方で、人を殺してその内臓を食べた猟奇犯罪者でもあった。クラリスは彼と面会を重ね、“バッファロー・ビル”と呼ばれる犯人に近づいていく。その頃バッファロー・ビルは新たな標的として、上院議員の令嬢を拉致・監禁していた……。
サイコスリラーのブームの先駆けたとなった、おなじみのアカデミー賞受賞作。トマス・ハリスのベストセラー小説を、ジョナサン・デミ監督は濃密な構成で映像化。とりわけ、クローズアップのインパクトは大きく、クラリス=ジョディ・フォスターとレクター=アンソニー・ホプキンスの顔を交互にとらえたドアップの映像をはじめ、絵的にドキドキさせられる場面は多い。続編『ハンニバル』や、前日談『ハンニバル・ライジング』と併せて、是非!
『セブン』
製作年/1995年 監督/デヴィッド・フィンチャー 出演/ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロウ
不穏な空気感にハラハラする!
“GLUTTONY=暴食”として殺された肥満の男、“GREED=強欲”として殺された悪徳弁護士……。キリスト教の“七つの大罪”をモチーフにした猟奇連続殺人事件を追うことになった退職間近の刑事サマセット(モーガン・フリーマン)と、若手刑事のミルズ(ブラッド・ピット)。ジョン・ドゥ(ケヴィン・スペイシー)を名乗る犯人が自首してきたが、“七つの大罪”の残るふたつ“ENVY=嫉妬”と“WRATH=憤怒”の死体はまだ発見できていない。取引を持ちかけたジョンは、サマセットとミルズをある場所に連れて行き……。
予測不可能な意外すぎる展開、彩度の低い映像で感じさせる不穏な空気、カイル・クーパーが担当した斬新なタイトルバックとエンドロール。さまざまな要素が話題となった傑作サスペンスで、一躍デヴィッド・フィンチャーの名を知らしめた。ブラッド・ピットはワイルドと美しさが同居した佇まいや、ラストでの衝動と決断の一連のシーンなど、キャリア初期の中でもベストアクト! 蛇足だが妻役のグウィネスとは本作をきっかけに交際した。
『ファーゴ』
製作年/1996年 製作/イーサン・コーエン 監督/ジョエル・コーエン 出演/フランシス・マクドーマンド、スティーブ・ブシュミ
寒さは判断力を失わせる?
米ミネアポリスで、多額の借金に悩むカーディーラーが、妻の偽装誘拐を画策。チンピラコンビを雇い、彼女を誘拐させて、富裕な義父から身代金を巻き上げようとする。ところがチンピラコンビが犯行中、目撃者らを殺害したことから計画が狂い始めた。妊娠中の保安官マージは丁寧な捜査で、少しずつ事件の真相に迫っていく。一方、カーディーラーやチンピラコンビは不測の事態によって追いつめられ、図らずも惨劇を広めてしまう。
米映画賞を席巻した、鬼才コーエン兄弟の秀作サスペンス。舞台となるミネアポリスは、真冬には気温が氷点下より上がることが稀で、当然降雪量も少なくない。そんな極寒の中で物語は展開。雪原に死体が転がり、真っ白な大地は鮮血に染まる。犯罪に手を染めた人々が暴走する物語は、緊張感とブラックユーモアに彩られ目が離せない。彼らを狂気に追い込んだのは、それぞれの欲望に加え、判断力を失わせる寒さが影響しているのかもしれない。
『アメリカン・サイコ』
製作年/2000年 原作/ブレット・イーストン・エリス 監督・脚本/メアリー・ハロン 出演/クリスチャン・ベール、ウィレム・デフォー、ジャレッド・レト、ジョシュ・ルーカス
光と闇のニューヨークで起こる連続殺人!
ウォール街の証券会社に勤めるエリートビジネスマン、パトリック・ベイトマン(クリスチャン・ベール)は一等地の高級マンションに住み、ハイブランドのスーツに身を包み、誰もが羨む夢の生活を送っていた。しかしその一方、ベイトマンはあり余る物質では満たされない虚無感と心の闇を感じるように。うわべだけのライフスタイルを維持する中、殺人の衝動に取り憑かれ、若く美しい女性を次々と殺していくが……。ブレット・イーストン・エリスの同名小説を映画化したサイコサスペンスで、1980年代のニューヨークを舞台に物語が展開。ゴージャスな雰囲気の中で描かれるベイトマンの表向きの日常と、夜の街で行われるダークな悪事のコントラストもニューヨーク的。
『トレーニング・デイ』
製作年/2001年 監督/アントワン・フークア 脚本/デヴィッド・エアー 出演/デンゼル・ワシントン、イーサン・ホーク、エヴァ・メンデス
LAの裏の顔がわかる!
ロス市警の麻薬課に配属された新人の刑事ジェイクは、アロンゾというベテランの上司と組むことに。勤務初日の彼に、アロンゾは街をめぐりながら麻薬密売の最前線を見せる。情報屋との接触、麻薬の押収、銃撃やレイプがはびこる街の実態……何よりジェイクを驚嘆させたのは、麻薬犯罪者を脅して私服を肥やしているアロンゾの素顔。汚職仲間に引き入れようとするアロンゾに、正義感の強いジェイクは抵抗するが……。
アロンゾを演じたデンゼル・ワシントンがアカデミー主演男優賞を受賞したことで知られる社会派サスペンス。本作で描かれるLAは、観光客が気軽に訪れることができるような街ではなく、貧困層が暮らすサウスセントラルやワッツなどの犯罪多発地区。当然、ロケは困難だったが、街の現実を知ってほしいという住人たちの協力もあり、ストリートのリアルを映し出すことに成功した。LAの裏の顔を知るうえでも必見。
『ミスティック・リバー』
製作年/2003年 監督/クリント・イーストウッド 出演/ショーン・ペン、ティム・ロビンス
哀しみの傷跡を抱えた、荘厳なる街の神話
悠然と流れるミスティック川のすぐそばで、幼なじみの3人の男子たちがとある事件をきっかけにわだかまりを抱え、数十年後、一つの謎めいた殺人事件の顛末へと流れ着いていくーーー。心に闇を抱える役柄を演じたティム・ロビンスを静とするなら、酸素吸入を必要とするほどの激しさで悲しみの演技に臨んだショーン・ペンはまさに動。一級の俳優たちが織りなす剥き出しの演技ひとつひとつに心掴まれ、その果てにある運命結末に深く重く打ちのめされる逸品だ。
イーストウッド組の常連スタッフはいつも気心知れあい、俳優陣を変に緊張させることもない。ただし、何度もテイクを重ねることもなくスピーディに段取りが進むので、だからこそ役者陣は入念に準備して一発で結果を出さねばならない。このリラックスしながら周到に醸成される重厚感。そしてあらゆる要素を大河の如くひとつの流れへと集約させていくイーストウッドの手腕。何度見直しても発見の尽きない、まさに映画の教科書のような作品である。
『セルラー』
製作年/2004年 原案/ラリー・コーエン 監督/デビッド・R・エリス 脚本/クリス・モーガン 出演/キム・ベイシンガー、クリス・エヴァンス、ジェイソン・ステイサム、ジェシカ・ビール
誘拐された女教師の頼みの綱は1台のケータイ!
自宅に侵入した男たちによって、高校教師のジェシカが誘拐される。屋根裏部屋に監禁された彼女は、犯人たちが破壊した電話器のコードを接触させて修復。その電話からたまたま発信できたのが、見ず知らずの青年、ライアンの携帯電話だった。最初は状況がわからず、変な電話だと無視する彼だが、ジェシカの置かれた状況が事実だとわかり、電話のやりとりで救出を試みる。2004年の作品で、タイトルの『セルラー』は、セルラーフォン(携帯電話)のこと。スマートフォンが主流となった現在はあまり使われなくなった言葉。
ジェシカが唯一、連絡がとれるのがライアンということで、2人の会話が命綱になって緊迫感がぐんぐん上昇。ジェシカが理系の教師という設定も、絶妙に使われる。生死ギリギリのジェシカのサバイバルをキム・ベイシンガーが熱演するが、最初は軽いノリのライアン役、クリス・エヴァンスが、正義のヒーローとしての使命感をもつ変貌を鮮やかに体現。この作品の7年後、彼はキャプテン・アメリカを演じると考えると感慨深い。犯人の素性や犯行の動機もショッキングだし、ラストまで一気の勢いのノンストップ感も魅力だ。
『ブラック・スワン』
製作年/2010年 原案・脚本/アンドレス・ハインツ 監督/ダーレン・アロノフスキー 出演/ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、ウィノナ・ライダー
ヒロインが闇に落ちる姿に衝撃を受ける!
真相がわからずハラハラさせるサスペンス。そして、背筋も凍るようなシーンが登場するスリラー。両方の要素をハイレベルで合体した作品は少ないが、『ブラック・スワン』はそんな貴重な一本だ。NYの一流バレエ団に所属するニナは、次回公演『白鳥の湖』の主役候補に上がっていた。美しく純粋な白鳥と、官能的に相手を誘惑する黒鳥を一人で演じ分けるという難役だが、演出家はニナの隠れた才能に気づいて抜擢。しかしリハーサルがはじまり、役に没頭しようとするニナは不可解な現象に見舞われるように……。
主役を踊るプレッシャー、代役に選ばれたライバルのダンサーや演出家との悩ましい関係などから、ニナは幻覚や妄想に襲われる。それが一瞬の映像で表現されたり、かなりダークな描写だったりと、さまざまに駆使されるので、多様な恐怖を味わう感覚。なかでもニナの肉体が白鳥と一体化するビジュアルは生々しくて衝撃的! 現実と非現実がひとつになるクライマックスは、本作でアカデミー賞主演女優賞に輝いたナタリー・ポートマンの狂気ともいえる熱演に圧倒されるはず。いま何かと話題のセクハラ、パワハラ問題も取り入れており、その部分もスリリング。
『黙秘』
製作年/1995年 監督:テイラー・ハックフォード 出演:キャシー・ベイツ、ジェニファー・ジェイソン・リー
変幻自在、キャシー・ベイツの存在感に唸る!
米メイン州の屋敷で死亡事件が発生。現場で鈍器のようなものを振り上げる姿を目撃されたメイドが容疑者として浮上する。その中年女性は、かつて夫が死亡した際も容疑をかけられており……。あらゆる状況から見て彼女が怪しいのは明らかだが、演じるのが『ミザリー』で強烈なイメージを残したキャシー・ベイツというのも、先入観を強める一つの大きな要因だ。その結果、我々は物の見事に騙され、ラストではまさかの胸揺さぶる熱い感動すら押し寄せてくるのだから、これは本当に油断も隙もない映画である。
スティーヴン・キングの原作小説を脚色したのは、有名劇作家の息子であり、当時脚本家として駆け出しだったトニー・ギルロイ。今や『ボーン』シリーズの脚本やSWドラマシリーズ『キャシアン・アンドー』のクリエイターとしても知られる彼だが、本作ではフラッシュバックを巧みに使い、過去と現在をスリリングに併走させながら女性たちの人間ドラマをより深みあるレベルへ昇華させている。いま見直しても語り口に無駄がなく、非常に“技あり!”な一本だ。
『ザ・メニュー』
製作年/2022年 監督/マーク・マイロッド 出演/レイフ・ファインズ、アーニャ・テイラー=ジョイ
これは新感覚!予測不能のダークで豊潤な味わい
美食家のタイラーと同伴者のマーゴは、他のゲストたちと共に専用船に乗って高級レストランへ到着する。なかなか予約の取れないこの店はシェフ、ジュリアン・スロウィックのこだわりのすべてを表現した、まるで要塞のような場所。提供されるディナーは一品一品にストーリーがあり、シェフの理念とこだわりが詰まったものばかり。さすが伝説のシェフ……と誰もが感心する中、徐々にその内容は異様なものへと転じ、ついには脱出不可能の恐怖のメニューへと変わりゆく。
こんな常識破りなサスペンス・ホラー見たことない! そもそも脚本家が新婚旅行の中でノルウェーの孤島レストランを訪れたことが着想のきっかけらしいが、本作の根底にあるのは”与える者”としての情熱や理念を粉砕された者の怒りや哀しみであり、金や権力さえあれば何事もまかり通ると考えている人々や消費社会への復讐劇とも言えるのかも。いやいや、まずは小難しいこと抜きにしてご来店を。あなたの食の概念が覆ること請け合いだ。