『アビエイター』(2004年)
アメリカで活躍する映画監督の中でも、マーティン・スコセッシほどフィルムメーカーの間で尊敬されている監督はいないのではないか。妥協を許さぬ姿勢を貫き、半世紀にわたって傑作を放ち続けている鬼才中の鬼才。アカデミー賞ノミネートの常連であることは、ご存知のとおり。
『タクシー・ドライバー』(1976年)
スコセッシが世界的に名をとどろかせた出世作は、今やクラシックな名作として認識されている、1976年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『タクシー・ドライバー』。アメリカン・ニュー・シネマが盛り上がった時期からは少々遅れたが、社会の現実を厳しい視点で描いた同作は、まぎれもなくその流れを汲んでいた。事象をデフォルメせず、冷徹に描くのは、イタリアのネオレアリズモ作品に多大な影響を受けてきたスコセッシの最大の特徴。主人公であるタクシー運転手の狂気は、リアリズムに裏打ちされて鮮烈な印象を観客にあたえた。この持ち味は、キリストを主人公にした『最後の誘惑』(1988年)や、ダライ・ラマ14世の半生を描く『クンドゥン』(1997年)などの宗教的な作品でも損なわない。神話的なエピソードは排除され、あくまでひとりの人間のリアルな物語として構築されている。
『レイジング・ブル』(1980年)
『タクシー・ドライバー』では、主人公の退屈な日常と対を成す熱情が、狂気として描かれているが、これは『アビエイター』(2004年)の激情的な主人公にも通じるものがある。そして“熱情”の後にやってくる退屈、すなわち“日常”は、スコセッシ作品ではしばし重要なモチーフとなる。『レイジング・ブル』(1980年)のボクサーが引退した後のしがない日々、『グッドフェローズ』(1990年)でギャングの世界から逃亡した主人公の諦念、『ディパーテッド』(2006年)で敵地に潜入する男たちの、非潜入時に感じるストレス、『アイリッシュマン』(2019年)における、マフィアや労働組合の下で汚れ仕事を引き受けてきた男の寂しい老後。彼らの“熱情”はときとしてアンチモラル的だが、退屈な“日常”よりマシなのではないか? そんな思考の境界線に立たせるスリルもスコセッシ作品の魅力だ。
『ラスト・ワルツ』(1978年)
スコセッシを語るうえで、ロックに向けられた愛情も見逃せない要素。ザ・バンドの解散ライブの模様を収めた『ラスト・ワルツ』(1978年)は、今やコンサート・フィルムの古典。論争を呼んだボブ・ディランの1960年代のバンドツアーを検証する『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(2005年)や、ローリング・ストーンズのコンサート・ドキュメント『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(2008年)、ジョージ・ハリスンの生涯をたどる『ジョージ・ハリスン リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』(2011年)など、優れた音楽ドキュメンタリーを出かけてきた。
『キング・オブ・コメディ』(1983年)
劇映画にしても『キング・オブ・コメディ』(1983年)や『ハスラー2』(1986年)、『グッドフェローズ』(1990年)、『カジノ』(1995年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)などで、時代背景や場面、キャラクターの心情に適したロックナンバーを起用。それぞれの作品に併せて、トーンの合った曲をセレクトするDJ的なセンスが光る。
『ディパーテッド』(2006年)
長いキャリアを誇るスコセッシだけに、盟友と呼べるスタッフや俳優は枚挙にいとまがない。もっとも有名なのは、ロバート・デ・ニーロとのタッグだろう。ともに無名だった頃の『ミーン・ストリート』(1973年)を皮切りに、スコセッシは9作品で彼を俳優として起用し、いずれもが高評価を得ている。21世紀以降はレオナルド・ディカプリオとのコンビで傑作を連打。アカデミー賞受賞作『ディパーテッド』をはじめ、5作品を放った。ほか、撮影監督のミヒャエル・バルハウスや美術のダンテ・フェレッティら常連スタッフも多い。
スコセッシは2023年に新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン』を放つ。人種差別や利権が絡んだ1920年代の殺人ミステリーを描く本作は、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)でアカデミー賞にノミネートされたジェシー・プレモンスが主演を務め、デ・ニーロやディカプリオといった盟友も出演、カンヌ国際映画祭への出品も視野に入れているという。80歳となってなお、新たな境地に切りこんでいく鬼才から、ますます目が離せない。
Martin Scorsese[マーティン・スコセッシ]
1942年生まれ、ニューヨーク出身。『ドアをノックするのは誰?』(1969年)で長編映画デビュー。
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