ベンジャミン(ダスティン・ホフマン)
コロンビア大学を優秀な成績で卒業したベンジャミン(ダスティン・ホフマン)が、L.A.にある実家に戻ってくる。空港に降り立ち、無表情のまま動く歩道に乗っかったベンは、ミディアムグレーのスーツに白いシャツ、黒地に白いラインが入ったタイを締めている。『卒業』が公開された1967年はアイビールックの全盛期。アイビーはそもそもアメリカ東部の名門私立大学内で広まったスタイル (60年代末期にヒッピーが登場したことで一旦廃れる) だから、ベンが典型的なアイビールックで帰省する冒頭のシーンでは、すでにキャラクターの背景が説明されているわけだ。
以降、ベンは水着や下着姿でいる時以外は、ほとんどの場面でドレスアップをしている。しかし、親が敷いた人生のレールを踏み外してからは、徐々に服の組み合わせが砕けて行く点がポイントだ。相手から誘われたとは言え、こともあろうに家族ぐるみで付き合いがあるロビンソン夫人(アン・バンクロフト)と逢引をはじめてしまうベンは、ヘリンボーンのジャケットから茶色のコーデュロイジャケットへとシフト。その後、ロビンソン家のお嬢様、エレーン(キャサリン・ロス)とお義理デートする夜には、シアサッカーのジャケット&ライトブルーのシャツ&黒のニットタイというキラキラするアイビールックで現れるが、真実を知ってショックを受けたまま母校のバークレーに戻ったエレーンに付きまとうベンは、劇中で初めてポロシャツ&ジーンズというカジュアルコーデで登場する。
しかし、結局のところ、TPOに関係なく、ジャケットを手放さないベンは、昨今のオフィス街の”カジュアル・デイ”でいきなり何を着ていいのか困ってしまう、つまり潰しが効かないビジネスパーソンのパイオニアみたいに見える。服はその人の生活感、さらに言うなら人生観を端的に現したもの。『卒業』のアイビールックとそれからのアレンジには、そんな服と人物の関係性が描かれているとも言えそうだ。
そんなベンが終幕近くなるとオフホワイトのボートパーカー&ホワイトジーンズに着替えて、それが埃まみれになるのも気にもせず、他人との結婚を決めたエレーンをその手に奪還すべく、夜通しクルマを走らせ、クルマがガス欠になると自らハイウェイを疾走しはじめる。こうして、ベンは親が敷いたレールと自分の環境にマッチした服を脱ぎ捨てて、エレーンと共に貧しいながらも幸せな家庭を築いて行くのだろうか? いや、そう簡単には行かないのでは? と言う一抹の不安を残して終わるエンディングまで、やっぱり服が大事な映画『卒業』。最後に、その丸っこいボディにすべての衣装をまとわせ、完璧な着こなしを見せるダスティン・ホフマン(当時30歳目前)にベストドレッサー賞を贈呈したい。
『卒業』
製作年/1967年 原作/チャールズ・ウェップ 監督/マイク・ニコルズ 脚本/カルダー・ウィリンガム 出演/ダスティン・ホフマン、アン・バンクロフト、キャサリン・ロス、リチャード・ドレイファス
photo by AFLO