『ニキータ』が映画界に残したものとは?
ツメアト映画~エポックメイキングとなった名作たち~Vol.8
『ニキータ』(1990年)
ジャン・レノ&ナタリー・ポートマン主演、寡黙な殺し屋と可憐な少女の交流を描いたリュック・ベッソン監督の1994年の名作『レオン』は、いまやアクション映画のスタンダードと呼べるほど大人気の映画だろう。じゃあ『ニキータ』のほうは? みんな覚えているだろうか?
えっ、それって雑誌の話じゃないの?――とのたまう向きもいるかもしれない。“ちょいワルオヤジ”のキャッチコピーで一世風靡した 『LEON』の女性版として、2004年から2008年まで主婦と生活社より刊行されていたのが『NIKITA』だ。こちらは艶女(アデージョ)のために「コムスメに勝つ!」ことをテーマとして謳い、大人の女性たちのモテ闘争心に火をつける(ような)コンセプトで設計されていたことを思い出す(『Safari Online』で他社誌の話をするのもナンだが)。
『ニキータ』(1990年)
そして『LEON』共々、この雑誌名『NIKITA』の元ネタになったのが、リュック・ベッソン監督が『レオン』の前に母国フランスで撮った1990年のアクション映画『ニキータ』というわけだ。ベッソン自身の『ニキータ』への思い入れは半端なく、「僕の作品は『ニキータ』以前と以後で分けられる。『レオン』は『ニキータ』の英語版別バージョンみたいなもんだよ」――とまで語っているほど。
そもそも『最後の戦い』(1983年)や『サブウェイ』(1984年)、日本で特に人気のある『グラン・ブルー』(1988年/最初の邦題は『グレート・ブルー』)などを発表していた初期のリュック・ベッソンは、わりとアート寄りの人だと思われていた。『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』(1986年)のジャン=ジャック・ベネックス(2022年1月に逝去)、『汚れた血』(1986年)や『ポンヌフの恋人』(1991年)のレオス・カラックス(最近『アネット』を発表)と共に“BBC”と称され、かつてのヌーヴェル・ヴァーグの再来のような、おフランス映画界の最先端に立つ新鋭監督として注目されていたのである。
『ニキータ』(1990年)
そんなベッソン監督がおのれの本性――バリバリのエンタメ志向を剥き出しにして、ダイナミックな銃撃戦を展開したバイオレンス・アクションが『ニキータ』だ。これが92年にアメリカ公開されると大きな評判を呼び、ベッソンは鼻息荒くハリウッド進出を決意する。やがて『レオン』やSF大作『フィフス・エレメント』(1997年)などの成功を経て、2001年には映画製作会社ヨーロッパ・コープを設立。プロデューサー(社長)としてもヒットメーカーの道を歩むことになる。まさしく『ニキータ』は彼のキャリアを大きく押し上げるきっかけになったエポックな一本なのだ。
『ニキータ』(1990年)
さて、そんな『ニキータ』の内容だが、決して“モテる艶女”のような色気ムンムンの女性が主人公ではない。むしろ飾り気のない、ひりひりしたハードボイルドなヒロイン像。もともとドラッグ中毒の不良少女だったニキータは、警官3人を殺したことで無期懲役の判決を喰らう。だが秘密警察にスカウトされ、政府のために邪魔な要人たちを暗殺するエージェント、つまり殺し屋として生きていくことを強要される。
最初はボサボサ頭に汚い私服でダルい態度を貫くニキータだったが、秘密工作員としての訓練を受けるうち、女性としての美しさを任務に利用していくことを覚える。かくして“ジョゼフィーヌ”というコードネームを与えられ、表向きはマリー・クレマンと名乗ってパリの街で暮らすことになる。だが裏では容赦ない指令が下り、殺伐とした日々の中、彼女はスーパーのレジ係として働く優しい男、マルコ(ジャン=ユーグ・アングラード)と恋におちる。愛の安らぎを知ったニキータは、闇の世界と決別しようともがき苦しむのだが……。1991年の日本公開時には“凶暴な純愛映画”や“泣き虫の殺し屋、ニキータ”というコピーがついていた。
リュック・ベッソン監督
ニキータを演じるのは、撮影当時ベッソンの妻だったアンヌ・パリロー。最近、日本でも某監督の性的スキャンダルにより、映画監督と女優がプライベートで交際することの是非が急速に問われたりもしているが、実のところ、リュック・ベッソンこそ“公私混同しがちな映画監督”として真っ先にイメージされる人のひとりではないか。『フィフス・エレメント』や『ジャンヌ・ダルク』(1999年)で主演したミラ・ジョヴォヴィッチとも結婚していたこともよく知られる。最近では『ANNA/アナ』(2019年)でスーパーモデル出身のサッシャ・ルスを主演に起用するなど、やたらスレンダーな長身女性を使ってヒロイン・アクション映画を撮ろうとしがちな男である。
『アサシン』(1993年)
そう、まさに『ニキータ』で確立した“ヒロイン・アクション映画”こそが、リュック・ベッソンのフィルモグラフィにとっての“本筋”になっていくのである。『レオン』は、『ニキータ』でジャン・レノが演じた“掃除人”ヴィクトルのキャラクターから膨らませた物語でもある。つまりベッソン的に言うと、『レオン』は“『ニキータ』のスピンオフ”扱いなのだ!
『レオン』(1994年)
ちなみに『ニキータ』はリメイクがやたら多い。1993年にはブリジッド・フォンダ主演の『アサシン』というハリウッド版が作られ、カナダではテレビシリーズ『ニキータ(La Femme Nikita)』が1997年から2001年に渡って人気を博し、アメリカでもマギー・Q主演のテレビシリーズ『ニキータ』が2010年から2014年まで放映された。ちなみに1991年の香港映画『BLACK CAT/黒い女豹』も実は『ニキータ』のリメイク。オリジナルの知名度を超えるほどの勢いで、そのDNAはかなり広範囲かつ長期的に拡散している。
ところでこのニキータという名前の由来は何なのか? それはベッソンが飛行機に乗りながら、エルトン・ジョンの1985年のヒット曲『NIKITA』(邦題『悲しみのニキタ』。ニキータではなく『ニキタ』と訳されていたのが面白い)をウォークマン(!)で聴いていた時に、何やらピンと来たらしい。元ネタはエルトン・ジョンだったのか! というなかなか意外な事実が、劇場公開当時のパンフレットに載っていたことを最後に記しておきたい。
『ニキータ』
製作年/1990年 監督・脚本/リュック・ベッソン 出演/アンヌ・パリロー、ジャン=ユーグ・アングラード、チェッキー・カリョ、ジャンヌ・モロー、ジャン・レノ
世界興収/501万7971ドル
※Box Office Mojo調べ
photo by AFLO