傑作を見たいなら、韓国映画を見るべし。乱暴な言い方なのは百も承知だが、そう言い切ってしまいたくなるほど素敵な映画に出会えた。新人監督ホン・ウィジョンの初長編作品『声もなく』だ。おそらく、彼女の名前は今後も覚えておいたほうがいい。
舞台は、のどかな田園風景が広がる町。口のきけない青年テイン(ユ・アイン)と年上の相棒チャンボク(ユ・ジェミョン)が犯罪組織からの下請け仕事として、殺された死体の処理を真面目にこなしている。そんなある日、2人は組織の人間からの頼みで、身代金目当てに誘拐した少女チョヒ(ムン・スンア)を1日だけ預かることに。しかし、頼んだ本人が死亡したことで事態は一変。テインとチャンボクは意図せず、誘拐犯となってしまう。
設定も生臭ければ、血まみれの死体も登場する。しかし、犯罪映画と呼ぶにはあまりにもヒューマン。ほのぼのとしたユーモアさえ漏れる物語は、テインとチョヒの疑似家族ドラマへと進んでいく。チョヒの家族は身代金をなかなか支払おうとせず、彼女はテインと暮らすことに。歳の離れた妹ともども社会の根底に生きるテインの住まいは、家というよりは小屋。不遇を象徴する空間で、本来なら出会わない者同士の出会いが描かれる。
不遇なのは貧しいテインだけでなく、弟と間違えて誘拐されたせいで、両親から身代金を出し渋られるチョヒも。「男ではない」という理由だけで無用な孤独を味わい、大人びるしかない少女を、オーディションで選ばれたムン・スンアが悲哀を拒否するかのように凛と演じている。一方、そんな彼女に戸惑いつつ、優しさを静かに滲ませていくテインを演じたのは、15kg増量した体に丸刈り頭のユ・アイン。最近ではネトフリックス ドラマ『地獄が呼んでいる』の怪演も話題だが、新興宗教のいけ好かないカリスマ教祖とテインを結びつける人はいないはず。本作での青龍映画賞主演男優賞受賞も納得。言葉を発することのない役から、素朴な感情を繊細に発してくる。役ごとの七変化と言えば、相棒役のユ・ジェミョンが決して『梨泰院クラス』の会長ではないことも、しっかり付け加えておきたい。
ホン・ウィジョン監督はとことんハードな物語を、理想的な役者たちの存在と名演を強力な武器に綴っていく。キュートで可愛らしい美術、小物、衣装を時に賢く用い、皮肉と願いをこめながら。劇中に、テインの運ぶ死体の血が地面にポツリと落ち、その血の丸いしみを花の中央部に見立てたチョヒがマーガレットのような花を描くシーンがある。血のしみでお花を描くような映画。作品のテイストを聞かれたら、そんな映画だと言えばしっくりくるかもしれない。自転車で2人乗りをするテインとチョヒを包みこむような、赤よりも温かく柔らかいピンクの夕焼けも作品を象徴している。
『声もなく』1月21日公開
監督・脚本/ホン・ウィジョン 出演/ユ・アイン、ユ・ジェミョン、ムン・スンア 配給/アットエンタテインメント
2020年/韓国/上映時間99分
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