クリストファー・ノーラン・マニアが愛してやまない『インセプション』(2010年)では、観客たちにキャラクターの立ち位置を認識させる手段としてコスチュームが活用されている。例えば、レオナルド・ディカプリオ扮する企業スパイのコブは、標的の夢に潜入して秘密を詐欺するのが仕事だから、身にまとうのはどこか流行を超越したアイテムでまとめられている。例えばそれは、ワイドラペルのスリーピーススーツと細長いポイントカラーのブロードシャツだったりする。ブロードシャツはシャツ生地としては定番中の定番だ。
でも、ここでフォーカスしたいのはジョセフ・ゴードン=レヴィットが演じるコブの有望な相棒、アーサーのワードローブだ。質実剛健を信条とし、人の潜在意識に潜む策略を探るチームのミッションを管理する立場にあるアーサーは、さながらビジネスパーソン然としたスリムフィットのスリーピーススーツをチョイス。スーツはどれもレヴィットのボディにジャストフィットしている。と思ったら、レヴィットはオーディションの段階でアーサーの役柄と、それに見合った私物のスーツを着て現れ、それが見事にマッチしていたと言うから驚く。恐るべき洞察力だ。
劇中に登場する衣装は全て、『ダンケルク』(2017年)や『テネット』(2020年)等でノーランと組んでいる衣装デザイナー、ジェフリー・カーランドと彼のチームによるカスタムメイドだ。トム・ハーディが演じる口達者な偽造師で、コブやアーサーより気さくな性格のイームズが好んで着ているカジュアルな開襟シャツとブレザーも勿論そうだが、カーランドは特に、レヴィットのスリーピーススーツや茶色のレザージャケットの大ファンだとコメントしている。劇中に登場する薄茶のレザージャケット&チェックシャツ&コットンパンツの組み合わせは、贅肉が最小限の(多分)ラヴィットのボディに完璧にフィットしてカッコいいったらない。
さて、『インセプション』と言えば、夢に潜入したチームが、無重力状態に陥りぐるぐる回るホテルの廊下で必死にバランスを取りながら敵と戦うシーンだろう。CGIが大嫌いなノーランのこだわりが際立つこの場面で、衣装チームも対応を迫られた。彼らはレヴィットが着るスーツのスボンの裾を少しだけ硬くして、足首にずり落ちないよう注意する一方で、靴紐にはワイヤーをかけて靴が脱げないよう細工したという。イギリスのベッドフォードシャーにある巨大倉庫内に全長30メートルのホテルの廊下のセットを組んで撮影された映画史に残る名場面では、目立たないが衣装デザイナーたちの苦労が滲んでいる。
『インセプション』
製作年/2010年 製作・監督・脚本/クリストファー・ノーラン 出演/レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、マリオン・コティヤール
photo by AFLO