『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)撮影中のデヴィッド・フィンチャー監督
『MANK/マンク』(2020年)に続いてNETFLIX製作下で、新作『ザ・キラー』を作り上げたデヴィッド・フィンチャー監督。映画人の尊敬を集める鬼才であり、監督作の質の高さには定評がある。好評配信中の『ザ・キラー』も今後発表される全米の賞レースを賑わせることは想像に難くない。この機会に、改めてフィンチャーのキャリアを、ざっと振り返ってみよう。
テレビCMや、マドンナやマイケル・ジャクソンなど大物アーティストのミュージックビデオを手がけて実績を築いたフィンチャーは『エイリアン3』(1992年)で映画監督デビューを果たす。だが、スタジオとの意見の相違により思い通りの作品とはならず、同作を語るときのフィンチャーの顔は苦々しい。転機となったのはクリエイティブなコントロール権を掌握して取り組んだ『セブン』(1995年)の大ヒット。売れっ子となった彼は以後、ベストセラーの映画化『ファイト・クラブ』(1999年)や、未解決連続殺人事件の実話に基づく『ゾディアック』(2007年)といった意欲作を次々と放つ。
『セブン』(1995年)
2008年にはブラッド・ピットと3度目のタッグを組んだ『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』(2008年)でアカデミー監督賞にノミネートされ、高評価を獲得。さらにフェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグにスポットを当てた『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)、『MANK~』でも同賞にノミネートされ、ハリウッド注視の存在であることを改めて示した。近年はネットフリックスとの縁が深く、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013~18年)や『マインドゲーム』(2017~19年)などのドラマシリーズでは製作総指揮を務めている。ネットフリックスの製作体制は基本的にクリエイターの意向を尊重するので、フィンチャーにしてみれば理想的な製作環境なのだろう。
では、フィンチャーの、いったいどこが凄いのか? 広く知られているイメージは完璧主義者であることだろう。納得のいくシーンが撮れるまで、何度でも撮影を繰り返す。『ソーシャル・ネットワーク』における、主人公と恋人の会話のシーンでは、じつに90回以上のテイクを重ねたというから驚きだ。とはいえ、いたずらに撮影を長引かせるようなことはなく、むしろ決められた予算や撮影期間をきっちり守る優等生でもあることは付け加えておきたい。
『パニック・ルーム』(2002年)
いずれにしても映像にはこだわりがあり、フィンチャーの理想とするカメラワークを再現するのは、ときに技術的に困難だったりする。例えば、『パニック・ルーム』(2002年)では撮影スタッフにカメラのわずかな揺れも許さない局面があったとか。また、『ベンジャミン・バトン~』に出演したケイト・ブランシェットによれば、フィンチャーほど多角度からシーンを考慮する監督はいないとのことだ。
さて、その映像だが、『パニック・ルーム』に主演したジョディ・フォスターはフィンチャーがつくるビジュアルを“無機質”と表現する。それは彼と仕事をした多くの映画人が語っているように、“観察”のようであるということ。冷徹にキャラクターや状況を見つめ、それを見る者に提示する。『ファイト・クラブ』のように、ときにナレーションを用いることで、映像の客観性はより濃度を高めていく。
『ザ・キラー』(2023年)
これはグラフィックノベルを原作とする最新作『ザ・キラー』も同様だ。成功率100パーセントの殺し屋が、たった一度のミスで追い込まれていく苦境と逆襲を、フィンチャーはじっくりと追いかける。欧州、中米、アメリカを転々としては行く先々でその行動を“観察”。奔走のスリルの一方で、人間の本質を浮かび上がらせた見応えのあるドラマも歯応え満点だ。主演を務め、モノローグをたっぷりと聞かせるマイケル・ファスベンダーの演技も光る。
『ザ・キラー』ではプロデューサーを務めたブラッド・ピットをはじめ、多くのスターがその才能を賞賛し、出演を切望するフィンチャー。俳優にとっても取り組み甲斐のある作品ばかりで、アカデミー賞ではこれまで延べ7人がフィンチャー作品への出演で俳優部門のノミネートを受けている。その才腕に、じっくりと向き合ってみて欲しい。
【PROFILE】デヴィッド・フィンチャー
1962年8月28日生まれ、コロラド州出身。ILMのアニメーター、ミュージックビデオ・CM監督を経て、1992年『エイリアン3』で映画監督デビュー。
Photo by AFLO