『ザ・ホエール』
製作年/2022年 原作・脚本/サム・D・ハンター 製作・監督/ダーレン・アロノフスキー 出演/ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク、ホン・チャウ、サマンサ・モートン、タイ・シンプキンス
過食症の父親が娘との関係修復を願う
極端な状況に置かれた人物を描いた作品なのに、観ているうちに多くの人を共感させてしまう……。ヒューマンドラマの傑作は、そんな化学反応を起こすものだが、『ザ・ホエール』はその最高のサンプルと言えるだろう。主人公のチャーリーは、大学でオンラインの文学の授業を担当しているが、カメラの故障を理由に生徒たちに素顔を明かさない。彼は272kgの体重で、歩行器がなければ家の中も移動できない状態なのだ。肥満の原因は同性の恋人を亡くした悲しみと、その反動による過食。余命わずかと宣告されたチャーリーの月曜から金曜までの5日間が描かれる。
日常行動も満足にできないのに、気がつけばジャンクフードをむさぼるように食べてしまう。はっきり言って、チャーリーの状態は壮絶そのもの。しかし看護師や、突然の訪問客との交流によって、彼の本心が明らかになるにつれ、じわじわと“感情移入度”が上昇していく作りが見事だ。チャーリーが人生の最後の願いとして、元妻と離婚して以来、会っていない17歳の娘との関係を修復しようとするエピソードで、感動も頂点に達する。体重を増やし、特殊メイクも駆使した外見だけでなく、チャーリーの内なる変化を目の演技で見せきったブレンダン・フレイザーのアカデミー賞主演男優賞受賞は誰もが納得するはず。
『プレシャス』
製作年/2009年 原作/サファイア 製作・監督/リー・ダニエルズ 脚本/ジェフリー・フレッチャー 出演/ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー
壮絶な生い立ちの主人公に心が震える
タイトルは主人公の名前。“プレシャス=貴(とうと)い”という意味とは裏腹に、彼女は16歳にして信じられないほど痛ましい運命を送っている。すでに2回も妊娠を経験。しかもその原因は父親(母の恋人)によるレイプ。失業中の母親も彼女を日常的に虐待している。読み書きさえ満足にできないが、妊娠を理由に学校は停学となり、心を開いて話ができる相手もいない。そんなプレシャスがフリースクールに通うことになり、若い女性教師との出会いによって人生の希望を見出すのが本作のストーリーだ。
1980年代、NYのハーレム。その貧困層の一家で育ち、しかも“毒母”の仕打ちが半端じゃない。不幸を一身に背負ったようなプレシャスだが、どこかしたたかで、我の強さもある彼女のキャラクターは新鮮。プレシャスの妄想の映像も挿入されて、とことん暗くなりそうなドラマにブレーキをかけるなど、構成もうまい。プレシャス役、ガボレイ・シディベの他に類をみないインパクトの強さや、本作でオスカー受賞の母親役モニークの猛演に加え、マライア・キャリー、レニー・クラヴィッツらミュージシャンの意外な名演技にも心を打たれる。
『アメリカン・スナイパー』
製作年/2014年 原作/クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス 製作・監督/クリント・イーストウッド 製作・出演/ブラッドリー・クーパー 出演/シエナ・ミラー、ルーク・グライムス
PTSDに苦しむ凄腕スナイパーを描く
感動作とは別ジャンルだと思って観たら、じつはエモーショナルな味わいがメインの作品だった……。そのパターンにも、ヒューマンドラマの傑作は多い。本作も基本は戦争アクションながら、観終わった後、心を満たすのは深い“感動”の部分だ。2003年にイラク戦争がはじまって以来、4度も戦地に向かい、スナイパーとして無敵のテクニックで160人もの敵を射殺。米海軍“ネイビー・シールズ”の狙撃手、クリス・カイルの回顧録の映画化ということで、戦地での彼の活躍もたっぷり描かれる。
本作の最大の見どころは、クリスの心の軌跡だ。2001年のアメリカ同時多発テロをきっかけに祖国のために狙撃手になると決意。しかし戦地で目の当たりにする悲惨な現実と使命感のギャップで彼のPTSDは悪化をたどり、帰国後はむしろ戦場へ戻りたくなり、家族関係も崩壊していく。監督のクリント・イーストウッドは『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』と同じく、戦争映画とヒューマンドラマの融合で鮮やかな手腕を発揮。クリスが次の瞬間、どんな行動に出るか、予想もつかない緊迫感とテンションが保たれ、迎えるクライマックスは“感動”という言葉すら安易に使えないほど切なく衝撃的だ。
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
製作年/2013年 監督/アレクサンダー・ペイン 脚本/ボブ・ネルソン 出演/ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ、ジューン・スキップ、ステイシー・キーチ
父親と息子が絆を深める感動のロードムービー
このところニュースで途切れないのが、特殊詐欺事件。手を替え品を替え、巧みな話術で高齢者の被害が絶えない状況が続くが、本作の主人公ウディもある日、“100万ドルの賞金が当たった”という知らせを受ける。どう考えてもインチキなのは明らかなのだが、ウディは信じ込み、賞金当選チケットを受け取るために自宅のモンタナ州からネブラスカ州へ向かうと言い出す。周囲の反対にもまったく意思を曲げないウディを、息子のデイビッドは仕方なく車に乗せ、父子の旅がはじまる。
全編モノクロで展開するせいか、ここまで穏やかな気持ちになるロードムービーも珍しい。頑固な父に付き合うだけあって、息子の性格は優しく、そこも本作のポイント。父親をバカにする人間に対し、息子が思わず怒りをあらわにするシーンでは、彼のキャラ設定のおかげで有無を言わさず胸を締めつけられる。そして行く先々で出会う親戚や知人によって、息子が過去の父を知るプロセスは、ロードムービーの見本のようで誰もがしみじみ感動に浸ることだろう。最後に息子がとる、ある決意も妙に清々しく、小品ながら珠玉のヒューマンドラマだ。
『海辺の家』
製作年/2001年 製作・監督/アーウィン・ウィンクラー 脚本/マーク・アンドラス 出演/ケヴィン・クライン、ヘイデン・クリステンセン、クリスティン・スコット・トーマス
余命3カ月の父親と息子の再生物語!
それぞれのプライドや自我で反目し合い、それでも血の繋がりから本能的に相手を理解する……。そんな父と息子の関係は、映画をドラマチックに仕立てるのにうってつけ。『海辺の家』も、父子ドラマの最高のパターンのひとつだ。父のジョージは、42歳の建築デザイナー。息子のサムは16歳。ジョージは妻とも別れ、微妙な年頃で自分を憎むサムとうまく関係が築けなくなっていた。しかしジョージは会社も解雇されたうえに、病気で余命3カ月と宣告を受ける。残された人生の時間を考えたジョージは、最後に自力で家を建てようと、嫌がるサムを強引に誘い、手伝わせることに。
そもそも父のジョージが破天荒&変わり者キャラ。映画を観るわれわれも、サムの目線で父をうとましく思いながら、徐々に親子関係が修復され、一緒に家を建てるまでの感情の流れに乗ってしまう。予想どおりの展開とはいえ、観ていて心地良い。サムを演じたのは『スター・ウォーズ』のアナキン役で大ブレイクする直前のヘイデン・クリステンセン。名優ケヴィン・クラインの父を相手に、16歳の複雑な心情を演じきった才能に改めて感心してしまう。家を建てる海岸の美しさが、父子に再生する絆と重なって、いつまでも記憶にやきつくことだろう。
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Photo by AFLO