
近年、“リトリート”という旅のスタイルが注目を集めている。観光名所を効率よく巡るのではなく、日常から少し距離を置き、自分自身と向き合うための旅。そんな時間を求める大人にこそ訪れてほしいのが、島根半島の沖合に浮かぶ隠岐諸島だ。
神々への信仰が今も息づく100を超える神社、630万年前の火山活動が生み出したダイナミックな景観、そして本土とは異なるゆるやかな時間の流れ。派手なアクティビティや大型リゾートはない。けれども、その何もない豊かさこそが隠岐の魅力だ。
海を眺める時間も、神社へ立ち寄る時間も、この島では特別な体験ではなく日常の延長線上にある。その空気に身を委ねているだけで、不思議と肩の力が抜けていくはず。
羽田空港から伊丹空港を経由して約2時間30分。隠岐世界ジオパーク空港がある隠岐の島町は、諸島最大の島である島後に位置する。年間平均気温は約15℃と過ごしやすく、真夏でも極端な暑さになりにくい。海に囲まれた穏やかな気候も、この島の心地よさを支えている。
ホテル〈Entô〉で何もしない時間を手に入れる
Photo by Kentauros Yasunaga
客室の大きな窓の先に広がるのは、日本海と島前カルデラの風景。時間とともに移り変わる穏やかな海の表情を眺めているだけで、この島ならではの時間の流れを実感できるだろう
旅の拠点にしたいのは“島前”の海士町(中ノ島)にあるホテル〈Entô〉。隠岐の島町からはフェリーで訪れることができるこのホテルは、いわゆるラグジュアリーホテルとは少し趣が異なる。華美な装飾や過剰なサービスで非日常を演出するのではなく、隠岐の自然や文化を感じるための器として存在している。
Photo by Kentauros Yasunaga
スイートルームは大人4名まで宿泊可能。夜は星空が、朝には目の前の島影からゆっくりと昇る朝日を望むことができる
本館〈Entô BASE〉と2021年に誕生した別館〈Entô Annex NEST〉を合わせた全36室の客室は、いずれも海を間近に感じられるオーシャンフロント。なかでも注目したいのが、〈Entô Annex NEST〉に用意されたプライベートテラス付きのスイートルームだ。大きな窓が生み出す圧倒的な開放感が魅力で、1日1組限定という贅沢な滞在を叶えてくれる。
ベッドルームやバスルームからは海と島影を望み、テラスには専用サウナも完備。日中は刻々と表情を変える海景を眺め、夜は満天の星空の下でグラスを傾ける。そんな贅沢な時間を存分に味わうことができる。
島の食材を活かした絶品フレンチに舌鼓

12席のみの落ち着いた店内。利用は前日までの完全予約制となっている
〈Entô〉でゆっくりと過ごした後は、食事のために少し足を延ばしてみるといいだろう。船で渡った先、知夫村(知夫里島)にある〈Chez SAWA〉は、隠岐の食材の魅力を存分に味わえる古民家レストラン。フランスで研鑽を積み、国内の高級ホテルでも経験を重ねた岡田シェフが腕を振るう。
料理に使われるのは、隠岐牛や旬魚、島野菜など、この土地ならではの食材ばかり。魚は地元の釣り人から譲ってもらったり、シェフ自ら釣りに行くことも。そのため、メニューはその日の仕入れ次第なので、二度と味わえない一品にも出会えるはず。自家農園『ITADAKI FARM』で育てられた約60種類のハーブや野菜も彩りを添える。派手な演出ではなく、素材の魅力を丁寧に引き出した一皿が印象的だ。
海に囲まれた離島ならではの豊かな食文化に触れられるのも、隠岐を旅する大きな楽しみといえる。
運気アップも期待できる!? 隠岐の古社を巡る

玉若酢命神社の本殿、随神門、旧拝殿は国指定重要文化財となっている
のんびりと島時間を満喫したら、神社巡りに出かけるのもおすすめ。隠岐には100を超える神社が点在し、古くから“神々の島”として知られてきた。なかでも訪れたいのが、隠岐国総社として長い歴史を持つ玉若酢命神社(隠岐の島町)。境内には樹齢2000年ともいわれる八百杉がそびえ立ち、その圧倒的な存在感に目を奪われる。

写真左/本殿の造営は1793年と歴史が深い。写真右/八百杉。幹周は約20m、高さは約38mにも及び、主幹が途中で分かれて複数の大枝を広げる独特の姿が特徴
社殿は隠岐を代表する伝統建築『隠岐造り』によるもので、茅葺き屋根を備えた重厚な佇まいが印象的。国の重要文化財にも指定されており、隠岐の歴史や文化を今に伝える貴重な存在となっている。

山道を約20分ほど歩くとたどり着く焼火神社

特別に案内された社務所の2階から眺められる隠岐の風景
西ノ島町(西ノ島)にある焼火(たくひ)神社も見逃せない。こちらは焼火山の中腹にある、隠岐諸島で最も古い木造の神社(国指定重要文化財)。巨大な岩窟に寄り添うように建つ社殿は全国的にも珍しく、古くから航海安全の神として信仰を集めてきたという。参道の入口まではクルマでアクセスでき、そこから約20分ほどの山道を登った先に姿を現す。歴史ある社殿が醸し出す厳かな雰囲気の中で、静かに手を合わせたい。
そのほか灯籠などにイカの装飾を施した由良比女神社や、『承久の乱』に敗れ海士町に御配流となった後鳥羽天皇が御祭神の隠岐神社など、それぞれに由緒や伝承が残されているのも隠岐らしいところ。気になった神社に立ち寄るだけでも、この島が大切にしてきた歴史や信仰に触れられるはず。
ジオパークが生んだ絶景に出会う

摩天崖(まてんがい)

運が良ければ馬や牛を眺めることができる
島内を巡るなら、ユネスコ世界ジオパークならではの景観も見ておきたい。約630万年前の火山活動によって形成された隠岐諸島は、日本で唯一、離島全体が世界ジオパークに認定されている。
その壮大な自然を象徴するのが、西ノ島町の摩天崖(まてんがい)だ。海抜257mの断崖が日本海へと切れ落ちる姿は圧巻のひと言。目の前には雄大な景色が広がり、隠岐ならではのスケールの大きさを実感できるはず。周辺では牛や馬が放牧されており、のどかな風景もこの地の魅力。タクシーで展望エリアまで送迎してもらい、トレッキングを楽しみながら下山するのもおすすめ。5月から8月にかけては、隠岐固有種のオキノアザミが咲き誇り、季節ならではの景観を楽しめる。

マグマが酸化したことで赤色になった『赤壁』
知夫里島の赤ハゲ山も訪れたいビュースポット。山頂付近からは島前カルデラを一望でき、火山活動によって生まれた島々の地形を俯瞰できる。周辺には牛が放牧されていて、キジやタヌキの姿を見かけることもある。さらに足を延ばせば、噴火の痕跡を色濃く残す『赤壁』へ。赤褐色の岩肌が約500万〜600万年前の火山活動を物語るこの断崖は、国の天然記念物にも指定されていて、隠岐ジオパークを代表する見どころのひとつとなっている。
海を眺めながら過ごす時間。フェリーや船で島々を移動する時間。港町を散歩する時間。慌ただしい日常では見過ごしてしまうような何気ないひとときが、ここでは自然と旅の一部になっていく。
のんびりと流れる島時間に身を委ねながら、豊かな食を味わい、神々の歴史や文化に触れ、世界ジオパークならではの景観を楽しむ。心地よさだけでなく、知的好奇心まで満たしてくれるところも、この島ならではの魅力だろう。
次の旅では、予定を詰め込むのを少しだけやめてみる。そんな気分になったら、“何もしない贅沢”を味わいに隠岐を訪れてみてはいかがだろうか。
⚫︎隠岐の島旅
URL:https://www.e-oki.net
⚫︎隠岐ユネスコ世界ジオパーク
URL:http://www.oki-geopark.jp/
⚫︎Entô
住所:島根県隠岐郡海士町福井1375-1
TEL:08514-2-1000
URL:https://ento-oki.jp/
⚫︎Chez SAWA
住所:島根県隠岐郡知夫村2293
TEL:050-8885-0767
URL:https://chezsawa.jp








































































