香港の魅力、それは東洋と西洋、新と旧、都市と自然、そしてハイ&ロウが隣り合わせに存在する点にある。雲を突き抜けるような摩天楼のすぐ横にディープな下町が広がり、ミシュラン三つ星の高級店からローカルフードの屋台まで名店がひしめく。スマートでいてカオス、だからこそ感じられる非日常感。気軽に行ける旅先ではあるが、香港のような街は世界中見渡してもなかなかお目にかかれない。
そんな香港を訪れる観光客のお目当てといえば、今も昔もビクトリア・ハーバー沿いの100万ドルの夜景、そして飲茶をはじめとした広東料理がメインだが、昨今ではアートを目的に香港を訪れる人も増えているという。そのムーブメントを生み出したのが、香港の威信をかけたプロジェクトとして2021年11月にオープンした『M+(エムプラス)』だ。
『M+』は20世紀以降の絵画や写真、建築、映像、文化など、広範囲に及ぶ“視覚芸術”をテーマにした美術館である。建物の設計は、ロンドンのテートモダンなどを手掛けたヘルツォーク&ド・ムーロン。展示空間の総面積は1万7000㎡とアジア最大級で、著名キュレーターによる展示方法やコレクションも非常にユニークだ。私もこれまで、ポンピドゥーセンターやグッゲンハイム美術館など、世界の著名なミュージアムに足を運んで来たが、遂にアジアにもハード面・ソフト面ともに世界で指折りのものが完成したと感じている。
日本人にとっては、アジアの美術や作品が数多く展示されているという点で、欧米のミュージアムよりも親しみやすいかもしれない。特に日本を含んだアジアにおけるデザインや建築の変遷を紹介した『East Galleries』は必見。東南アジアや南アジアで交通革命を起こした〈ダイハツ〉の三輪自動車ミゼットや、大阪万博のエキスポタワーのパネルやジョイントなどが展示されており、日本が誇るデザイン力、また香港における日本文化への関心度の高さがうかがえる。
『M+』がオープンした際に大きな話題になったのが『きよ友』だ。昭和の時代に活躍した著名デザイナー、倉俣史朗氏がデザインを手がけた新橋(東京)のすし店をまるごと買い取り、解体して香港で再構築したという異色の展示。倉俣のデザイン家具は世界中の美術館に飾られているが、このような大規模展示は前例がなく『M+』の資金力とキュレーション力が垣間見える。
ほかにも元駐中国スイス大使で中国現代美術コレクターのウリ・シグ氏が作品を寄贈した『Sigg Galleries』や、アジアの視点から現代アートの発展にフォーカスした『South Galleries』など見どころたっぷりな『M+』。コロナ禍以降、久々に香港を訪れるという方は、できれば半日ほど、少なくとも3時間は滞在するつもりで、余裕をもって旅程に組み入れてみてほしい。
もし香港でアート三昧な滞在を叶えたいならば、アートフェアの『アートバーゼル香港』と『アートセントラル』が同時開催されている3月末に訪問するのをおすすめする。アートフェアとは、数多くのギャラリーが出展し、作品やアーティストが集まるアートの見本市。作品の鑑賞はもちろん、実際に購入したり、アーティストのドローイングポップアップに参加したり、また業界関係者の意見討論会を傍聴したりと、一歩踏み込んだアート体験が可能となる。
2024年3月28〜30日に香港コンベンション&エキシビション・センターで開催された『アートバーゼル香港』は、もともとスイスの都市バーゼルで1970年にはじまった現代アートフェアだ。香港では2013年から開催しており、コロナ禍を経て昨年から再開。今年はアジア最大級の規模感が戻り、40の国と地域から242のギャラリーが出展した。会場に入るにはオンラインでチケットを事前購入する必要があり、1日券(HK$620〜)、2日券(HK$1100)、3日券(HK$1650)などが用意されている。
会場内には『ハウザー&ワース』や『ガゴシアン』、『ペース』といった世界的に有名なギャラリーが出展。それらを巡回するだけで現代アートのトレンドを掴むことができるだろう。またインスタレーションに特化したEncounters(エンカウンターズ)では、日本の森美術館や岡山芸術交流でも人気の高かったヤン・ヘギュの《Contingent Spheres》など、大規模アートフェアならではのダイナミックな作品と出合えるのも魅力だ。
もうひとつ、セントラル・ハーバーフロントで3月28〜31日に開催された『アートセントラル』は、もう少しカジュアルなアートフェアだ。世界11カ国で展開する『オペラギャラリー』や、日本発『ホワイトストーンギャラリー(旧白石画廊)』の出展、砂山典子《むせかえる世界》のインスタレーションなど、話題性の高い展示もありつつ、全体的には次世代アーティストの作品が多く見受けられる。また作品名のプレートに販売価格が表示されているケースが多く、より気軽に購入を検討できるアートフェアと言えるだろう。
会場には数万円から購入可能なアートもあり、部屋のインテリアとしてお迎えしたり、価値が跳ね上がるのを期待して投資したり、楽しみ方は人それぞれだ。入場料はHK$250〜330とアートバーゼル香港に比べたらリーズナブルだが、草間弥生や奈良美智といった日本を代表する現代アーティストのほか、小松美羽やAruta Soupなどの注目株、はたまたマルク・シャガールやフェルナンド・ボテロといった作家の作品も飾られており、個人的な満足度はアートバーゼル香港以上だった。
また3月末にはこれらのアートフェアに合わせて、街のいたるところでインスタレーションの特別展示が行われている。アート集団チームラボによる《teamLab: Contiuous》では、タマール公園(添馬公園)からビクトリア・ハーバーにかけて、陸と海の両方に広がる大規模な屋外展示を実施。入場は無料だが事前予約制(InformationのURL参照)とのことで、既に争奪戦となるほどの人気ぶりとなっている。こちらの開催は2024年6月2日までとなっている。
今回は紹介しきれなかったが『M+』以外にも香港故宮文化博物館や大館、香港芸術館など、多くのアート施設が点在する香港。中環エリアや香港島南部の黄竹坑エリアを歩けば、徒歩圏内に多くのギャラリーやウォールアートを見つけることができる。もちろんこれまで通り、夜景やグルメ、街歩きにショッピングの楽しさも変わらないが、旅程にアートを組み入れるだけで、さらに香港という街の懐の深さに気付くことだろう。
※取材協力:香港政府観光局
●M+(エムプラス)
住所:West Kowloon Cultural District, 38 Museum Drive, Kowloon
開館時間:10:00〜18:00(金曜は〜22:00)
定休日: 月曜
URL:https://www.mplus.org.hk/en/
●アートバーゼル香港
開催期間:2025年の会期と開催期間は近日発表予定
URL:https://www.artbasel.com/hong-kong
●アートセントラル
開催期間: 2025年の会期と開催期間は近日発表予定
URL:https://artcentralhongkong.com/
●teamLab: Contiuous
住所:Harcourt Road, Admiralty, Hong Kong
開催期間:2024年3月25日〜6月2日
開館時間:18:30 - 23:00(最終入場22:30)
定休日:なし
URL:https://www.teamlab.art/jp/e/tamarpark/
チケット予約:https://artatharbour.partner.klook.com/en-HK/activity/105549-artatharbour2024/
旅行ガイドブック『地球の歩き方』編集部にて国内外のガイドブックを多数手がけ、2017年に独立。現在は、〈パパ目線での旅育〉や〈ホテルステイ〉をテーマに連載を執筆。また雑誌の旅行特集からオウンドメディアの動画まで、幅広く旅行コンテンツの制作を行う。著書に『最高のハワイの過ごし方』。