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2025.12.27 NEW


【年末年始アーカイブ配信】追悼:俳優ジーン・ハックマン エネルギーに満ちた破格の演技者

今年配信した記事の中から、年末年始にこそじっくり味わいたい記事を厳選してお届けします!

 

 

ジーン・ハックマン
1930年1月30日、カリフォルニア州生まれ。16歳のときに海兵隊に入隊し、その後様々な職を経験した後、30歳を過ぎてから俳優を目指すように。2025年2月18日に95歳で死去。

遅咲きの60年代編
2025年2月18日、あの俳優ジーン・ハックマンが死んだ。
「苦虫を噛み潰すような」という言葉があるが、筆者はスクリーン上でハックマンのフェイスを仰ぎ見るたびに、いつもこの表現を思い出す。彼が演じるのはそんな一筋縄ではいかない表情の役柄ばかりだった。

笑っているかと思うと次の瞬間には激昂して相手を罵り、怒っているかと思うと途端にジョークを口にしてニヤニヤと笑う。そんな飴と鞭、もしくは剃刀と雷の二刀流だからこそ、いつどこで役が反転するのか予想がつかない。観客にとってこれは気の休まらぬ緊張の連続だ。だからこそ畏怖の念は尽きることなく、ステレオタイプの型にはめられることもなく、この男は全キャリアに渡って破格の存在感を放ち続けた。

とことん回り道してきた人生
2009年ごろのインタビューで彼は、「『私はどこから来たのか?どこへ向かうのか?何を求めているのか?』という自分自身への問いかけこそが俳優として重要」と語っている。

では、その至高の存在感とズバ抜けた演技力を持った男は、どこからやって来たのか。語り継ぐべきポイントは幾つかある。まず13歳の頃、父が突然家から去り、それまで幸せに見えた家庭環境が突如崩れた。残された母が奮闘しなんとか子供たちを養った。そんな姿を見かねてか、ハックマンは16歳で年齢を偽って海兵隊へ入った。4年半に及ぶ軍隊暮らしでは中国や日本を訪れた経験もあるという。

除隊後、大学に入ってジャーナリズムを勉強したり、様々な仕事についたり、はたまたパサデナ・プレイハウスで演技を学ぶも、そこで知り合って仲を深めたダスティン・ホフマン(ルームメイトだったことも)と共に「同級生の中で最も成功しなさそうな人物」として選出されるなど、どうやらネガティブな意味で際立った存在だったようだ。その後はニューヨークで舞台の経験を積むものの、これといってブレイクポイントに恵まれないまま、時は過ぎていく。

結局、彼が正式な役柄で映画出演を果たすのは1964年、ウォーレン・ベイティ主演の『リリス』という作品。それまで何者でもなかった彼は、家を出て18年後にしてようやく映画俳優と呼べる場所にたどり着いたのだ。その2年前には、タバコの不始末が原因の火事で母が逝去。幼少期、一緒に劇場へ足を運んだ際、「いつかあなたが映画に出るのを見てみたい」と口にし、少年の夢を後押しした存在だった。
 

  

 

『俺たちに明日はない』(1967年)

運命を変えたアメリカン・ニューシネマの傑作
転機として押さえたいのが1967年だ。この年に公開された『卒業』はダスティン・ホフマンの名を世界中に知らしめた傑作だが、実はハックマンも当初、ミスター・ロビンソン役としてキャスティングされたものの、マイク・ニコルズ監督から「イメージと合わない」として降ろされたのだとか。またしても不運の極みである。

しかし、もはや一喜一憂している暇などない。当時の彼は、文字通り「時代に見つけられた才能」だった。

そして運命を変えたのが『俺たちに明日はない』(1967年)。ウォーレン・ベイティ演じるクライド率いる強盗団に合流する破天荒な兄役として、ハックマンはこのアメリカン・ニューシネマの傑作に画期的かつユニークなキャラクターをもたらした。これによって彼はアカデミー賞初ノミネート(助演男優賞)を経験することに。
 

  

 

『白銀のレーサー』(1969年)
 

 

『宇宙からの脱出』(1969年)

公民権運動の激動を経て、時代は大きなうねりを迎えていた。彼のキャリアはもう上がることはあっても、そこから二度と落ちることはない。ハリウッドの映画人や目の肥えた観客たちに、決して浮き沈みしない実力派の俳優として太鼓判を押されたのだから……。

 

 


怒涛の70年代編
決してイケメンではないが、ガッツがある。エネルギーがある。そして何より、人生の苦楽や長きにわたる根無草を経験し、劣等感や屈辱も相当溜まっていたからこそ、ハックマンには一度食らいついたら死んでも離さないというブルドッグのような気骨があった。全身汗まみれ、髪はぐしゃぐしゃ、顔面を真っ赤にさせながら役になりきり、喜怒哀楽を表現してみせた。
とりわけハックマンにとって70年代は破格の勢いで吹き荒れる暴風雨のような時代だ。出演作を挙げ出すとキリがないが、ここでは重要作5タイトルをざっと振り返りながら一気に駆け抜けたい。
 
  

 

『フレンチ・コネクション』(1971年)

1/死に物狂いで突き進む『フレンチ・コネクション』
彼の苦虫を噛み潰したような顔面が映画のど真ん中を飾った『フレンチ・コネクション』(1971年)のインパクトは計り知れない。役名はポパイ。確かに丸っこい目尻や口元、ツルッとした顔面、腕っぷしの強そうな体躯(身長は187センチ)はその名にぴったりだ。彼が頭にちょこんとかぶるポークパイ・ハットもまたトレードマークとなった。

本作をドキュメンタリータッチで製作したフリードキン監督にとって、ハックマンの感情むき出しの存在感こそまさに要。演じるにあたっては夜中に警察と共にハーレムの実態を見て回るなど、ハックマン流の余念のないリサーチと役作りが徹底された。その上、フリードキン監督はあえてテイクを重ねて彼をイラつかせることで、煮えたぎるマグマが吹き出す瀬戸際の破格の人物像をフィルムに焼き付けた。本作はアカデミー賞で作品賞、主演男優賞に輝くなど大成功を収め、彼は一躍ハリウッドの大物として70年代を勢いに乗せてスタートダッシュしていく。
 

  

 

『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)
2/破天荒な牧師が乗客を導くパニック映画


オールスターキャストで描くパニック物の代表作『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)でも彼の存在感が際立つ。アテネ行きの豪華客船が巨大な波に襲われて沈没する本作でハックマンが担うのは牧師役。それも乗客を前に「神は弱き者など救ってくれない!」「逆境に負けるな!闘って前に進まねば!」と訴えながら、上下逆さまになった客船内をモーゼさながらに突き進んでいく破天荒な役柄である。

屈強で、異端に思えるほど信仰篤く、カリスマ性に満ち、口からは時折汚い言葉がほとばしるこの世俗じみた牧師役を、決して漫画的にならず、ある種のリアリティを持って成立させる。そんな芸当ができる俳優は当時のハックマンを置いて他にいまい。かくなる意味でも本作はいまなお衝撃的、かつ型破りなスペクタクル映画であり続けている。
 

  

 

『スケアクロウ』(1973年)

3/いちばんお気に入りの心温まる友情物語
何かとガッツ、エネルギッシュ、破天荒という言葉が並びがちなハックマンだが、キャリアを振り返ったインタビュー記事などから伺えるのは、どうやらアル・パチーノと共演した『スケアクロウ』(1973年)が大のお気に入りらしいということだ。

本作で彼らは根無草のように放浪の旅を続け、いつしか打ち解けあい、互いの旅の目的を吐露しながら掛け替えのない友情を温めていく。本作でパチーノが“静”なら、ハックマンは“動”といったところか。兄貴肌を吹かせて相手を引っ張り、2時間かけてじっくりと醸成されるキャラクターや関係性の変移がなんとも味わい深い。

本作はカンヌ映画祭で最高賞を受賞。その割に商業的にあまりヒットしなかったようだが、それでもハックマンはこの映画、この役柄を、ずっと愛してやまないのだという。おそらくこういった雑味が少なく、俳優自身のイマジネーションを存分に注ぐことで完成する作品こそ、彼が真に求め続けたものなのだろう。
 

  

 

『カンバセーション…盗聴…』(1974年)
4/時代を投影した謎めいたサスペンス怪作
『ゴッドファーザー』のコッポラ監督が手掛けた、ごく小さくも伝説的なインパクトを放つ怪作『カンバセーション…盗聴…』(1974年)では、寡黙で神経質な盗聴のスペシャリストを演じた。任務中にとあるカップルの会話をキャッチしたことで、徐々に何が真実か分からないパラノイアに溺れていく役柄だ。

肉体的な表現を抑制し、内面をあらわに演じ切った本作では、ハックマンは撮影中ずっと鬱屈し追い詰められた精神状態にさらされていたとか。それは当時の時代の空気でもあったのか、期間中、思いがけず『ウォーターゲート事件』の一報が飛び込んできて、同じ”盗聴”にまつわる事件だっただけに、スタッフやキャストは揃って驚愕したという。

ちなみに主人公ハリーらしき人物は、24年後の『エネミー・オブ・アメリカ』(1998年)にも登場し、ウィル・スミス演じる主人公のピンチを特殊スキルで次々と豪快に切り抜けていく。こちら、オフィシャルな続編というわけではないが(オマージュといったところか)、作品に配置された小ネタがすこぶる楽しい、ハックマンのファンにはたまらない作品である。
 

  

 

『スーパーマンII 冒険篇』(1981年)

5/スーパーヒーロー映画の悪役に上り詰め……
70年代の総仕上げとしてふさわしい大作『スーパーマン』(1978年)では悪役レックス・ルーサー役に就任。あの持ち前のニヤニヤした底意地の悪い笑い顔と、手下とのコミカルなやりとり、ファッショナブルな衣装、そして劇的に変わりゆくヘアスタイルに至るまで、ハックマンの七変化を味わえる作品だ。

彼はかねてよりお気に入りの俳優としてマーロン・ブランドの名前を挙げており、共演シーンこそないものの、この作品で共に名前がクレジットされたことはおそらく何よりも大きなモチベーションとなったのではないだろうか。
 

 


『ミシシッピー・バーニング』(1988年)

気迫と執念の90年代編
ハックマンの出演作を俯瞰したとき、ぎっしりと隙間のない70年代に比べて80年代はややインパクトに欠ける。これはなぜか。一つには70年代後半、同じような役ばかり舞い込むのに疲れて仕事を見つめ直すようになったことがあるようだ。時には演技から離れて、絵を描き続ける期間もあったとか。また80年代半ばには30年間連れ添った妻との離婚もあった。また、知られざる一面として、彼は『羊たちの沈黙』の権利を誰よりも早く取得し、脚色、監督、出演することを視野にプロジェクトを進めていたこともある(その後、撤退してしまうのだが)。

ただし、80年代の最後には、公民権運動家の失踪事件を調べるFBI捜査官を演じた『ミシシッピー・バーニング』(1988年)で俳優としてまたも凄まじい気迫を見せ、観客を釘付けに。彼はアカデミー賞主演男優賞候補入りを果たしたものの、しかし惜しくも受賞はならず。この時のオスカーに輝いたのは、盟友でもある『レインマン』のダスティン・ホフマンだった。
 

  

 

『許されざる者』(1992年)

イーストウッドの熱意に突き動かされて
この時期、もう一つの懸念としては健康上の問題があった。彼は1990年に狭心症の発作で手術を余儀なくされたことがある。

しかしそれでもオファーは絶えることがない。ここで舞い込んできたのが『許されざる者』(1992年)の脚本だ。ハックマンと同年齢のクリント・イーストウッドが監督を務めるという。その内容に目を通した彼には、それがあまりにも暴力的な作品に思えて、正直、やりたくなかったという。しかしイーストウッド 自らが説得にあたり、これが決して暴力の賛美などではなく、むしろその虚しさこそを描いた映画であると訴えた。その熱意に折れてハックマンは出演を決めた。

彼が演じる保安官リトル・ビルは非常に複雑な個性を持った人物だ。公明正大なように見えて、彼の中だけで完結した奇妙な理想や使命感がある。それに、こうと決めたら残忍なまでにこだわりぬき、笑顔で近づいたかと思えば、急に怒りを剥き出しにして、徹底的に相手を叩きのめしたりもする。

俳優として同時代を生きてきたイーストウッドが、この役を誰よりもハックマンに演じてほしいと切望した理由がよくわかる。彼はハックマンがどんな役を体現するときに最も深く大きく輝くのかを熟知していたのだろう。

結果、本作は90年代を象徴する傑作として幾つもの受賞に輝き、ハックマンはアカデミー賞助演男優賞を獲得する。『フレンチ・コネクション』以来となる約20年ぶり、二度目のオスカーである。
 

  

 

『ザ・ファーム 法律事務所』(1992年)

『クリムゾンタイド』(1995年)

同じ1992年の『ザ・ファーム 法律事務所』では、根っからの悪人に見えて実は極めて人間的な葛藤と苦悩を抱えた役柄を、印象深く演じた。続く『クリムゾンタイド』(1995年)では、老獪さたっぷりに潜水艦の艦長役を務め上げ、この極度に狭く薄暗い空間の中で、名優デンゼル・ワシントンと唾の飛び交う距離で真正面からぶつかり合った。やはり彼は相手が名優であればあるほど存在感を増す。ニヤニヤ笑いと激昂を交互に振りかざしながらどこまでもギラつく。俳優たるもの、互いに化学反応を及ぼし合うこの瞬間こそが何よりも至高のごちそうなのは間違いなさそうだ。
 

  

 

『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)
 
まるで映画さながらのMr.テネンバウム
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)は彼に突飛で画期的な機会をもたらした作品だ。従来であれば決して出演しないであろうタイプの内容で、彼自身、脚本を読んだが語り口が複雑すぎて良さが分からないと感じたらしい。だが、ウェス・アンダーソンにとってこれはハックマンが演じなければ意味のない役柄だった。その後も諦めることなく打診を続け、ようやく演じてくれることに。

しかしキャストの誰もが証言するところによると、撮影現場のハックマンはとにかくアンダーソン監督に対して激昂することが多かったらしい。心配した共演者は何かとハックマンの気をそらし、若き名匠をガードしていたとか。こうやってハックマンという巨大な存在に立ち向かう意味でも、キャストは固く結束した。この構図が奇跡的なまでに映画の内容と重なり、絶妙な効果を生んだ。

結果、本作は一人の男の生き様を描いた意味でも、ハックマンの喜怒哀楽の表情が惜しみなく詰まっている意味でも、まさにキャリアの総決算というべき作品と言えよう。ハックマンもアンダーソンも互いに「もう二度とごめんだ」と感じたかもしれないが、それでもこうして最高の作品が出来上がってしまうのだから、映画製作というものは本当に最後まで結末がわからない魔物だ。
 

  

 

『ニューオリンズ・トライアル』(2003年)

盟友との最初で最後の演技バトル
そしてもう一本、最後から2番目となる出演作『ニューオリンズ・トライアル』(2003年)でハックマンは、ついに忘れ物を回収するかのように、盟友ダスティン・ホフマンと初の共演を果たしている。

両者の共演は映画公開時に何かと話題になったものの、しかし本編では中盤ごろまでなかなか兆しは見えない。そしてついに待望の瞬間が勃発するのは、まさかの男性トイレの中。およそ4分間に及ぶ演技の応酬は「さすが……」の一言に尽きる。

かつて若き頃に「最も成功しない同級生」に選ばれ、ルームメイトであり、『卒業』での共演が幻に終わり、それ以来ずっと近い場所で別々の俳優人生を長く弛まず走り続けてきた彼らが、いまこうしてようやく映画の中で初めて人生を交錯させている。それは表面上は熾烈な場面でありつつ、内心、笑顔が込み上げてくるほどの幸福な瞬間であったことだろう。
 

  

 

『ムースポート』(2004年)
 
そして彼の生き様は伝説へ……
その翌年、『ムースポート』(2004年)という小さな映画への出演を最後に、ハックマンは映画界から去った。彼の心臓がもはや映画製作のストレスに耐えられない、というのが理由だった。

しかし引退後も彼は、ハリウッドの喧騒から遠く離れたサンタフェの自宅で、あくまで一個人の範疇で、自分のペースで進めることができる“小説家”として、表現への取り組みを続けた。回り道の末につかみ取った表現の喜び、楽しさを、最後まで決して手放すことはなかったのである。

彼ならではの流儀で“表現すること”への愛とこだわりを貫き通した名優ジーン・ハックマン。享年95。その生きた証、カラダにみなぎらせた破格の魂は、約80本の映画作品、それに3冊の共著と1冊の単独小説を通じて、これからも語り継がれていくことだろう。

【参考資料】
https://www.empireonline.com
https://transcripts.cnn.com
https://www.bbc.com 
 

 

 
文=牛津厚信 text:Atsunobu Ushizu
photo by AFLO
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