スティーヴン・スピルバーグがロバート・ワイズ監督の『ウエスト・サイド物語』(1961年)をリメイクする上でこだわったことの一つは、衣装でグループの背景を描き分けることだった。再開発が進む1950年代後半のニューヨークのウエストサイドでは、ポーランド系移民の”ジェッツ”とプエルトリコ系移民の”シャークス”が数ブロックの縄張りをめぐって、事あるごとに小競り合いを続けている。’61年版では、”ジェッツ”のリーダー、リフが羽織る黄色のブルゾンとブルーのTシャツがチームカラーのように使われていて、一方の”シャークス”はリーダーのベルナルドがスーツの下に合わせたパープルのシャツが印象的だった。それらは、1950年代以降のハリウッド映画、特にミュージカル映画で採用されていたテクニカラーを意識した色彩演出だ。
スピルバーグによるリメイク版『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)はよりディテールで魅せまくる。ウエストサイドに一足早く移住してきた”ジェッツ”の若者たちの多くは、再開発という名の破壊によって地域が崩壊するのを長く見てきた分、纏う服もグレー、ブルー、グリーン等の寒色系を好み、ボロボロのデニムに薄汚れた白いテニスシューズを履いている。それに対して、移民としては後発の”シャークス”は、国民性の違いがあるにせよ、まだ希望に溢れた黄色やゴールド、トロピカルなプリントを選び、TPOによっては革靴を履いている。映画のハイライトはコミニュニティ・センターでのダンスシーン。ここでは”ジェッツ”はブルー、”シャークス”はレッドという風に一応色分けされているが、どちらも程よく燻んでいて質感のあるヴィンテージ服に見えるところが肝だ。それは、衣装にもリアリティが求められる時代を反映している。
同じダンスシーンで”ジェッツ”のリーダー、リフ(マイク・ファイスト)が開襟シャツにジャケットを合わせているのに対して、”シャークス”のリーダー、ベルナルド(デヴィッド・アルバレス)はスーツとタイ、さらにタイピンで胸元を引き締めている。リフのシャツの色はブルーでベルナルドのシャツはワインカラー、タイはスーツのグレーにシャツのワインカラーがグラデーションで入っている。この服による明確な描き分けに注目して欲しい。
ダンスナイトでトニー(アンセル・エルゴート)はマリア(レイチェル・ゼグラー)と出会い、2人は危険な恋に落ちる。なぜなら、トニーはリフの親友であり、マリアはベルナルドの妹だからだ。ここでトニーが身につけているベージュのパンツ、ダークネイビーのジャケット、茶色の皮ベルト、ストライプのブルーのタイは、”ジェッツ”と”シャークス”のカラーが入り混じったもので、トニーの微妙なスタンスを表しているとは言えないだろうか。
『ウエスト・サイド・ストーリー』
製作年/2021年 原作/アーサー・ローレンツ 製作・監督/スティーヴン・スピルバーグ 脚本/トニー・クシュナー 出演/アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、デヴィッド・アルバレス
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