1980年代のアメリカで、都会に住む専門職の若者=Young Urban Professional、略してヤッピーと呼ばれる人たちが成功の象徴として注目を浴びていた。当然、ハリウッド映画も彼らの成功と挫折にフォーカスした作品を数多く製作。代表的なのが、『ウォール街』(1987年)、『アメリカン・サイコ』(2000年)、『大逆転』(1983年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)、そして、『摩天楼はバラ色に』(1987年)だ。
成功と引き換えに失うものの大きさを描いたアイロニックなヤッピー映画がある一方で、『摩天楼はバラ色に』はカンザスの田舎からサクセスを夢見てニューヨークにやって来た青年、ブラントリーが、運とハッタリで出世街道を綱渡りしていく姿にハラハラさせられるコメディ仕立て。当時、人気絶頂のマイケル・J・フォックスが優れた身体機能を駆使してヤッピーへと変身していくところが笑える。
遠い親戚にあたる叔父が社長を務める大企業にメールボーイとして潜り込んだブラントリーは、一方で空室になっていた役員室に陣取って重役になりすまし、メールボーイと偽セグゼクティブの間を頻繁に行き来して、次第に偽物から本物のヤッピーへとシフトしていく。そこがこの映画の見どころだ。ブラントリーのシフトチェンジは主に衣装を用いて実践させる。カンザスから出て来たばかりの頃はデニムのジャケットにポロシャツ、チノパンにスニーカーだった彼が、会社の面接に奔走する時はとりあえずしわしわのスーツに着替え、重役に化ける時は少しだけ上等にスーツに腕を通している。共通するのはズボンをベルトではなく、サスペンダーで吊るしている点。サスペンダーだと早変わりの時に便利なのだ。
しかし、サスペンダー、又の名をブレイシーズは着脱がし易いから愛されたアイテムではない。1980年代を象徴するヤッピーにとって必須だったスーツを引き立てる小道具として、ステイタスのシンボルとして認知されていた感がある。『ウォール街』でマイケル・ダグラスが演じる投資銀行家のゴードン・ゲッコーは、オフィスではスーツの上着を脱いでサスペンダーを露わにし、高そうな葉巻を吹かしたりしていた。そして、ゲッコーに憧れる主人公のバド(チャーリー・シーン)も、成り上がりの過程で真っ赤なサスペンダーでズボンを吊るしていた。ヤッピー=サスペンダーという数式が成り立つくらいだ。
近年ではメンズファッションのクラシック回帰のトレンドとして、数は多くないがサスペンダーを愛用する少数派はいる。Tシャツ、デニム、サンダルにサスペンダー、Tシャツ、ホワイトデニム、コンバースのハイカットスニーカーにサスペンダーというコーデが彼らの得意技だ。
『摩天楼~』に話を戻すと、ブラントリーは恋人とフェリー・デートする時はオレンジのセーターにチノ、社長の豪邸で開かれるガーデンパーティではポロシャツの上にフィッシャーマンズセーターとチノで品よく決めている。極め付けは、ラストのリンカーンセンターでのデートシーンで披露するタキシードにスニーカーという上級コーデだ。このあたり、演じるマイケル・J本来の品性が服とマッチしていて、懐かしくて涙が出そうになる。
『摩天楼はバラ色に』
原案・脚本/A・J・カローザーズ 製作・監督/ハーバート・ロス 脚本/ジム・キャッシュ、ジャック・エップス・Jr. 出演/マイケル・J・フォックス、ヘレン・スレイター、リチャード・ジョーダン
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