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CULTURE カルチャー

2024.02.18

ツメアト映画~エポックメイキングとなった名作たち~ Vol.24
『テルマ&ルイーズ』が映画界に残したものとは?



「たとえどうなろうと、この旅は最高よ!」――。

砂ぼこりを上げながら米アリゾナ州の荒野を爆走していく1966年型フォード・サンダーバードの助手席で、テルマ(ジーナ・デイヴィス、当時35歳)が高揚してそう叫ぶ。彼女はほんの少し前まで、横暴な夫のもとで退屈な日常を送る平凡な主婦だった。しかしウェイトレスとして働く親友のルイーズ(スーザン・サランドン、当時44歳)から週末のバカンスに誘われ、アーカンソー州の自宅をクルマで飛び出し、いつしか指名手配犯に。やがて警官隊に取り囲まれつつ、圧倒的な大自然が広がるグランドキャニオンにたどり着いたふたりは、絆を確かめ合うようにキスを交わし、映画史上に残る鮮烈な名ラストシーンへと豪快に踏み出していく――。
 

  
『エイリアン』(1979年)や『ブレードランナー』(1982年)など数多の傑作で知られ、最近も『最後の決闘裁判』(2021年)や『ナポレオン』(2023年)など旺盛な創作活動を続ける、御年86歳の巨匠リドリー・スコット監督(1937年生まれ)。彼が当時CMやMVの製作会社に勤務していた女性、カーリー・クーリの執筆による画期的なオリジナル脚本を得て、1991年に発表した『テルマ&ルイーズ』は、「いま観るべき映画」として時代と共にどんどん人気株価が高騰しているロードムービーだ。
 
 
リアルタイムでは第64回アカデミー賞脚本賞を獲得し、スコットも自身初のアカデミー賞監督賞ノミネートを果たしつつも、世間やジャーナリズムの評価は男性キャラクターの戯画的な描写などに対して賛否が割れていた。だが次第に“シスターフッド”(女性たちの連帯)を力強く打ち出した先駆性=ツメアトへの支持が高まり、2016年にはアメリカ国立フィルム登録簿に追加。#MeToo以降ではフェミニズム・ムーヴメントにおけるランドマーク的な名作との揺るがぬ評価が定着した。そんな本作の4Kレストア版が、2023年5月の第76回カンヌ国際映画祭でお披露目され、日本でも今年(2024年)2月16日(金)から劇場公開されている。
 
 
さて、この『テルマ&ルイーズ』の作風を紹介する際に定番として使われているのが、1990年代における“女性版アメリカン・ニューシネマ”という評言だ。アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半から70年代にかけて登場した、独立系の若い映画人たちによる反体制的な趣向を備えたハリウッド映画の一群を指す(米国本国では“New Hollywood”や“The Hollywood Renaissance”といった名称が良く使用される)。その中でも『テルマ&ルイーズ』の原型となったのは、犯罪逃避行型のロードムービーの系譜である。
 
  

 

だがこの路線のニューシネマは、伝説の銀行強盗ボニー&クライドを描いた『俺たちに明日はない』(1967年/監督:アーサー・ペン)をはじめ、『ボウイ&キーチ』(1974年/ロバート・アルトマン)や『地獄の逃避行(バッドランズ)』(1973年/監督:テレンス・マリック)、『ゲッタウェイ』(1972年/監督:サム・ペキンパー)等といった男女のカップルを主人公にしたものが多い。あるいはそれに準じる内容でも『イージーライダー』(1969年/監督:デニス・ホッパー)のような男性同士のバディ物、もしくは『バニシング・ポイント』(1971年/監督:リチャード・C・サラフィアン)という命知らずの男一匹がダッジ・チャレンジャーに乗り込む異色作があるだけだった。旧来のジェンダーやセクシュアリティの認識を色々と解体したニューシネマであっても、やはり西部劇の伝統を引きずって、荒野を駆け巡るのはまず男であり、女はその従属的な存在であるという図式を完全には崩し切れなかったと言える。
 

 
そのフォーマットを約20年後、女性同士のバディムービーへと華麗にアップデートしたのが、まさに『テルマ&ルイーズ』だったわけだ。荒野に解き放たれたテルマ役のジーナ・デイヴィス(1956年生まれ)とルイーズ役のスーザン・サランドン(1946年生まれ)は、米中西部~南部のアーカンソー州からオクラホマ州、さらにニューメキシコ州からアリゾナ州へと“自由への疾走”としての旅を繰り広げる。ちなみに実際の撮影場所は、カリフォルニア州ベーカーズフィールドやユタ州モアブ周辺(デッドホースポイント州立公園など)がメインだったという。
 
  

 


成り行きで発砲事件や強盗事件を犯してしまったテルマとルイーズは、メキシコにまで逃げるのが目的なのだが、しかしテキサスを通るのは絶対嫌だ、とルイーズが頑なに主張して迂回のルートを選ぶことになる。それは彼女がかつてテキサスでレイプ被害に遭ったから。DV夫に抑圧されてきたテルマだけでなく、一見ワイルドで自由奔放に映るルイーズもまた性加害による男性恐怖のトラウマがあった。こういった具合に本作では様々なトキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)への糾弾が見られ、女性たちの尊厳と解放を謳う視座が、日本で言う令和の目で観てもキリキリに際立っている。その意味でも、テルマとルイーズがクルマを走らせる中盤のシーンで流れる名曲、マリアンヌ・フェイスフルの『ルーシー・ジョーダンのバラード』(1979年のアルバム『ブロークン・イングリッシュ』収録)は、まるで彼女たちのテーマ曲のように印象的だ。
 

  

 


しかし大胆かつ無謀な冒険に繰り出した道中では、彼女たちの隙を狙う危険な輩もちょいちょい登場する。そのひとりが、恋愛に不慣れなテルマが一目惚れしてしまう自称“大学生”のヒッチハイカー、カウボーイスタイルの美青年J.D.である。このやんちゃなイケメン役に当時大抜擢されたのが、まさにブレイク直前、若き日のブラッド・ピット(当時27歳)だ。同役の当初の候補はウィリアム・ボールドウィンだったが、彼が『バックドラフト』(1991年/監督:ロン・ハワード)の主演に決まったため、代わりを探すことに。オーディションにはジョージ・クルーニー、ロバート・ダウニーJr.、マーク・ラファロといったのちの大物俳優たちも集まっていた。彼らを押しのけて当時無名に近かったブラピを熱烈に推したのは、ほかならぬテルマ役のジーナ・デイヴィスだったらしい。ラヴシーンの相手となるジーナ本人のご指名ならと、リドリー・スコット監督も納得したという。本作のブラピのギャラ(出演料)は推定6000ドルだと言われているが、これをきっかけに集まった注目のおかげで生活費の不安から解消され、まもなく『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年/監督:ロバート・レッドフォード)や、トム・クルーズと共演した『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年/監督:ニール・ジョーダン)、さらに『セブン』(1995年/監督:デヴィッド・フィンチャー)などで巨大なスターダムにのし上がっていくことになる。
 

 
このJ.D.も然りだが、本作に登場する男性キャラクターは、ハーヴェイ・カイテル(当時51歳)演じる良心的な刑事ハル(女性ふたりの抑圧や痛みへの理解を示す台詞を放つ彼は、ファミニストと言えるほどの紳士的な姿勢を見せる)を唯一の例外として、ほとんどがクソ男である。『激突!』(1971年/監督:スティーヴン・スピルバーグ)を彷彿させるタンクローリーを運転しながらセクハラ攻撃をかます、お下劣全開のエロ親父はその判りやすい代表と言えるが、テルマとルイーズは痛快にも「あんたの母親とか姉妹、奥さんが同じ目に遭ったらどうすんの!?」とオッサンに鋭利な説教をかまし、乗り物の急所にバシバシ弾丸を撃ち込んで大爆破させてしまうのである。
 
  

 


日本初公開は米国から約5ヶ月後となる1991年10月19日。当時の劇場用パンフレットに寄稿した評論家の滝本誠は、SF作家アーシュラ・K・ル=グウィンの評論集『世界の果てでダンス』(白水社刊)からのテキストを引いて論じつつ、「スコットは『女』という、多くの男性にとって死火山であることを求められていた火山を爆発させた。ハリウッドの地図は変化するだろうか?」と記した。そう、約25年後から30年後、本当にハリウッドの地図は劇的に変化するのである。『テルマ&ルイーズ』は先駆的という言葉を超えて、予見的とさえ呼べる一本かもしれない。

『テルマ&ルイーズ』
製作年/1991年 製作・監督/リドリー・スコット 脚本/カーリー・クーリ 出演/スーザン・サランドン、ジーナ・デイビス、ハーベイ・カイテル、マイケル・マドセン
 

  

 

 
文=森直人 text :Naoto Mori
Photo by AFLO
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