ドラッグと酒に溺れ、引きこもり気味の元カントリーロック歌手のジャクソン・”ジャック”・メイン。『アリー/スター誕生』(2018年)でブラッドリー・クーパーが演じた役柄は、だから着る物には全然こだわらない派。それならば普通、衣装は既成服やファストファッションあたりでお茶を濁すところを、衣装デザイナーのエリン・ベナック(ライアン・ゴズリングの2012年『ドライブ』で衣装デザイナー組合賞候補に)の考えは違った。「ジャックにはとても小さなクローゼットがある」という閃きに基づき、ベナックと彼女のチームはジャックのワードローブを全部オーダーメイドで仕上げている。目には見えない細部へのこだわり。それこそが一流のハリウッド映画を縁の下で支えているのだ。
衣装チームのこだわりはほとんどマニアと呼べるもので、なかでも、ジャックがオンオフを通して着崩している、かのように見えるのが、軽量で伸縮性のあるコットンツイルのトラッカージャケットだ。胸に2つのパッチポケット、ボタン1つで閉じる長方形のフラップ、左ポケットのフラップ上部に縫い込まれたペンスロット、袖はセットインで前後に横ヨーク(切り替え部分)が付いている。
個性的なディテールは今、ヴィンテージファンから熱視線を浴びている1950~60年代に流行ったフォアモストやランチクラフトのシングルプリーツシャケットに敬意を表し、映画のためにリメイクしたもの。完成品が同じ時代に発売された〈リー〉や〈リーバイス〉のトラッカージャケットと異なるのは、外部ポケットが合計4つある点。その辺のディテールは、ジャックがアリー(レディ・ガガ)とスーパーマーケットの青白いライトの下で買い物をするシーンでチェックできる。丈の短さがクーパーの上半身にはぴったりで、エッジのほどよいほつれがなんとも言えない風合いを演出している。
また、ジャックが常に穿いている黒いシャツとジーンズは、ジョニー・キャッシュ(‘70年代に黒の組み合わせをシグネチャーにしていた)、ウェイロン・ジェニングス、ロイ・オービソンと言ったカントリーロックのパイオニアたちへのリスペクトを表したものだとか。そして、愛用のサングラスはかつてスティーヴ・マックィーンが流行らせたPersol PO0714だ。
つまり、劇中のジャックはこだわりがないどころか、衣装チームによって超こだわり派の元スター歌手という鎧を着せられているわけで、恐らくそう思って見直すと、少し違ったイメージが浮かんでくるのかも知れない。当然ながら、つくづく映画の衣装って侮れない。
『アリー/スター誕生』
製作年/2018年 製作・監督・脚本・出演/ブラッドリー・クーパー 出演/レディー・ガガ、アンドリュー・ダイス・クレイ、デイブ・チャペル
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photo by AFLO