これは”万人におすすめできる娯楽映画”の究極ではなかろうか。個々の”好み”という問題を差し挟む余地のない、シンプルな米西海岸ノンストップ・アクション映画の完成形。それが1994年の大ヒット作『スピード』(監督:ヤン・デ・ボン)である。
“全米で6月10日からロードショー公開されるやサマー・シーズンのトップを走る大ヒットになり、6週間で興収1億ドル突破。『ダイ・ハード』を超えた傑作と絶賛され、映画史に新しい次元を開いたハイパー・テンス(超緊張)・アクションと評されている今年最大の話題作だ。日本では正月映画の大本命として、『クリフハンガー』をしのぐ興行が期待されている”
以上は公開当時の劇場パンフレットからの引用(丸写し)である。文中にもあるように、日本では1994年12月3日から正月映画として公開された。興収はみごと45億円を記録。前年(1993年末~)の正月映画の目玉だった『クリフハンガー』(監督:レニー・ハーリン)の40億円を実際に越えたのである。
主演のキアヌ・リーヴス(撮影当時29歳)は『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年/監督:ガス・ヴァン・サント)などで青春スターとしての地位は築いていたが、本作では危険なスタントを自分でこなし、アクションスターとして大ブレイク。世間一般にまで知名度が行き渡り、『マトリックス』(1999年/監督:ラリー&アンディ・ウォシャウスキー)のネオ役起用の決め手にもなっていく。
ストーリーは簡単かつ完璧だ。誰でも理解ができ、お堅い博士や官僚さえも痺れる構成に設計されたものである。
メインとなる登場人物は3人。まずは救世主たるヒーローが、ロサンゼルス市警のSWAT隊員であるジャック(キアヌ・リーヴス)。事件に巻き込まれる形で主人公の右腕となるヒロインが、アニー(サンドラ・ブロック)。やっかいな敵――ゲームのようにテロを仕掛けていく犯人が爆弾魔の狂ったおっさん(デニス・ホッパー)。
そして主なパートは3つ。
●エレベーター(序盤30分)
●バス(メインの1時間)
●地下鉄(ダメ押し30分)
作劇は、ハリウッド流儀の脚本術の基本である“三幕構成”(設定⇒対立⇒解決など)に則ったものだが、しかし実際は“三段重ね”の印象。ハイテンション×3で、結果的に“見せ場”を3つ串刺しにした全編クライマックス状態となった。
とりわけ伝説的なノンストップぶりを見せつけたのが、カリフォルニアの晴れた空の下で繰り広げられるバスの攻防パートである。L.A.のベニス・ビーチ発となるサンカモニカ・ライン2525番の路線バスに、犯人が仕掛けた精巧な爆弾――“時速80km(50マイル)以下になるとバス大爆発”という恐ろしい状況のなか、たまたま乗客として乗り合わせていただけの、スピード違反で免停中の女子がハンドルを握る。そして爆走するバスに途中で乗り込んだSWAT隊員ジャックは何とか爆弾を解体しようとする。
そんな中、「おい、もう高速道路が終わるぞ!」とか「道路が途中でなくなってるんだけど!」など、本気で死にそうな絶叫ジェットコースターのごときハラハラドキドキの展開が続く。危機一髪のギリギリセーフ連打で緊張感を持続させる手法だが、あざとくない。“手に汗握る”演出のいちばんベーシックな教科書がここにある。
監督のヤン・デ・ボン(1943年生まれ)は本作がデビューとなるが、『ダイ・ハード』(1988年/監督:ジョン・マクティアナン)や『ブラック・レイン』(1989年/監督:リドリー・スコット)、『氷の微笑』(1992年/監督:ポール・バーホーベン)などの撮影監督を務めてきた現場経験充分のベテランであり、第一作にして凄腕職人の安定感がある。
ちなみに“走行速度が80km以下で爆発”という設定など、本作は海外で人気の高い1975年の日本映画『新幹線大爆破』(監督:佐藤純彌)を露骨にパクった……失礼、全面的にヒントにしたというのが定説になっている。もっとも『スピード』の脚本を書いたグレアム・ヨストによると、もともと巨匠・黒澤明が監督する予定だった『暴走機関車』(1985年/監督:アンドレイ・コンチャロフスキー)の原案をヒントにしたらしいのだが、しかし『新幹線大爆破』自体が『暴走機関車』の難航した企画から派生したものだという因果関係がある(佐藤純彌監督はB班監督を務める予定だった)。
どちらにせよ”元ネタは日本製”という事実に変わりはなく、そこから『スピード』は無駄を削いでとことんソリッドにチューンナップした――これが作品達成の重要なポイントである。
その『新幹線大爆破』では犯人役を高倉健が演じるという渋味と重みがあったのだが、本作ではデニス・ホッパーという破天荒な鬼才がアタマのおかしい怪演を見せるところに、カラッとしたアメリカ映画らしさがあると言うべきか。
当時のホッパーは長年のドラッグ中毒による奇行と低迷から抜け出し、まさかのアカデミー賞助演男優賞ノミネートを果たした『勝利への旅立ち』(1986年/監督:デヴィッド・アンスポー)をはじめ、『ブルーベルベット』(1986年/監督:デヴィッド・リンチ)や『トゥルー・ロマンス』(1993年/監督:トニー・スコット)などで大復活したばかり。監督作も続けて発表していた時期で、まさに絶好調。もちろん凜々しい短髪姿で、のちに”スピードモデル”と呼ばれるGショックのDW-5600をつけた若きキアヌ・リーヴスや、当時は山口智子と比較する声も多かったサンドラ・ブロックも瑞々しく最高だ。
さて、大ヒット作の通例として、本作も1997年、同じヤン・デ・ボン監督により続編『スピード2』が作られた。今度はサンドラ・ブロック扮するアニーが主人公となったが、前作の中で彼女はジャックと恋愛関係に発展したのに、「異常な状況で生まれたロマンスは長続きしない」というジンクスのもと、すでに破局。アニーには警官のアレックス(ジェイソン・パトリック)という新しいカレシが出来ている。
だが実のところ、この設定はキアヌ・リーヴスがほかの仕事を優先して降板したのが原因である。出来もまんまと凡庸に終わり、年間を代表する駄作を選ぶ“逆アカデミー賞”の祭典、ゴールデンラズベリー賞(通称ラジー賞)の“最低続編賞”に選出されてしまった。当時はがっかり感ハンパない続編だったが、しかしいま穏やかな心で見返してみると、暇つぶしとしては悪くない。小室哲哉によるテーマ曲リミックス『SPEED TK RE-MIX』も懐かしい。思えば当時は伊秩弘将プロデュースのダンスアイドルグループ“SPEED”の全盛期でもあった。
この『スピード』という映画はあまりに完成されすぎていたため、一発屋ならぬ一番星の孤立した輝きを放ち、以降の“系譜”を形成することはなかったように思う。ただし90sが生んだニュークラシックとして、後続に様々な影響を与えているのは間違いない。例えばマーベルの新作『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年/監督:デスティン・ダニエル・クレットン)におけるバスのアクションシーンは、明らかに『スピード』と『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(1985年/監督&主演:ジャッキー・チェン)の複合オマージュであった。
『スピード』
製作年/1994年 監督/ヤン・デ・ボン 脚本/グレアム・ヨスト 出演/キアヌ・リーヴス、デニス・ホッパー、サンドラ・ブロック、ジェフ・ダニエルズ
世界興収/1億2124万8145ドル
Photo by AFLO