『ブルックリンでオペラを』(2024年)
アン・ハサウェイが最新作で願いを叶える
その人が出ているだけで、映画を観たくなる。これはスターの証明だが、ハリウッドの中でも長年、そんな存在をキープしている一人が、アン・ハサウェイだ。2024年2月の全米映画俳優組合賞(SAG)の授賞式では、メリル・ストリープ、エミリー・ブラントとともに『プラダを着た悪魔』(2006年)の3人の再会が実現。メディアでも大きく取り上げられた。18年前の同作では、レジェンドのストリープを前に、まだまだ“ヒヨッコ”に見えた2人が、実力も実績も積んで貫禄たっぷりに成長した姿は感慨深かった。
アン・ハサウェイ
1982年、NYブルックリン生まれのアン・ハサウェイは、母親が舞台俳優だったこともあって同じ道に進み、2001年の『プリティ・プリンセス』で大ブレイクする。何をやってもパッとしない女子高生が、ヨーロッパの王国の末裔だと知らされ、プリンセス修行をはじめるこの物語は、ハサウェイの映画界でのサクセスストーリーと見事にシンクロ。目鼻立ちのはっきりした顔立ちと、キュートな笑顔で一躍、世界中の人気を得た。その後、『ブロークバック・マウンテン』(2005年)などで演技力も評価され、『プラダを着た悪魔』(2006年)では、文字どおり悪魔のような上司の下で苦闘するヒロイン役での熱演が共感を誘い、トップスターの地位を確立。その後、アカデミー賞の司会者を務め(ジェームズ・フランコとペア)、『レ・ミゼラブル』(2012年)ではアカデミー賞助演女優賞を受賞。そのアカデミー賞では、ヒュー・ジャックマンが司会の回で、彼が客席のハサウェイを呼び込んでステージで一緒に踊るという演出も話題に。『オッペンハイマー』(2024年)でオスカー監督となったクリストファー・ノーラン作品には『ダークナイト ライジング』(2012年)、『インターステラー』(2014年)の2本に出演するなど、すっかりハリウッドの“顔”になった。ファッションリーダーで、2人の子供の母親でもあるアン・ハサウェイは、俳優という枠を超えて注目される存在である。
『プラダを着た悪魔』(2006年)
そんなハサウェイの新作『ブルックリンでオペラを』(2023年)は、これまでのキャリアの中でも、彼女の素顔が色濃く重なる役だ。精神科医のパトリシアは、現代オペラの作曲家である夫スティーヴンと5年前に再婚。前夫との息子で高校生のジュリアンとともにNYのブルックリンに暮らしている。スティーヴンとの出会いは、作曲でスランプに陥った彼を、担当医となったパトリシアが助けたことがきっかけ。ジュリアンとガールフレンドの関係、さらにスティーヴンの気の迷いから生じた浮気などで、パトリシアも自分を見つめ直すドラマが展開していく。
アン・ハサウェイが高校生の母親役というのも、ちょっとサプライズだが、彼女もすでに40代。こうした役を等身大で演じられるようになったわけだ。パトリシアの家族がブルックリンに住んでいるという設定も、ブルックリン生まれのハサウェイにぴったり。パトリシアは近所の教会での慈善活動に熱心で、修道女へのあこがれを表明するのだが、ハサウェイが子供の頃になりたかったのが修道女という話は有名。両親がカトリックという環境で成長したからだが、兄がゲイであると知り、それを認めないカトリックから家族で離脱したことで、その夢はストップされた。こんな風に演じたパトリシアと、ハサウェイにはいくつもの共通点を見つけることができる。彼女の素顔を見ているようで、ファンにはうれしい一作だ。
自分に近い役ということで、演じたかったのかもしれない。『ブルックリンでオペラを』の監督はレベッカ・ミラー。『セールスマンの死』などで知られ、ピュリッツァー賞なども受賞した劇作家、アーサー・ミラーの娘だ。レベッカ・ミラーをリスペクトするハサウェイは、20年前に彼女の作品のオーディションを受けたが、役を得られず、今回は満を持してのタッグだという。ミラーが書き上げた本作の脚本に惚れ込んだハサウェイは、パトリシア役だけでなくプロデューサーも買って出ることになった。監督のミラーとともに、1年間かけて意見を出し合い、パトリシアというキャラクターを作り上げたというハサウェイ。プロデューサーだからこそ、アイデアをたくさん出せたわけで、自身に近い役が完成されたのかもしれない。
ハリウッド作品では、メインキャストのスターが、プロデューサーに名前を入れるパターンをよく目にする。作品の資金集めだったり、ヒットした際の売り上げを分配するためだったりと、その目的はさまざま。しかしプロデューサーに名を連ねれば、クリエイティブにも深く関わることができ、より良い作品にすべく貢献することも可能。『ブルックリンでオペラを』における、プロデューサー、アン・ハサウェイの役割は大きかったようだ。
ハサウェイがプロデューサーを務めるのは、今回が初めてではない。これまでも2014年の『ブルックリンの恋人たち』や、2016年の『シンクロナイズドモンスター』といった主演作でプロデューサーを兼任(後者はエグゼクティブ・プロデューサーという肩書き)。5月2日にAmazonプライムで配信される最新主演作『アイデア・オブ・ユー〜大人の愛が叶うまで〜』(2024年)でもプロデューサーを務めるなど、今後も製作に精力的なスタンスが見てとれる。近年はスター女優がプロデューサーとして参加する傾向が高くなってきているが、ハサウェイもその一人。“作りたい”映画、“演じたい”役を自ら立ち上げ、実現させる。ハリウッドのトップ女優の間でその動きが活発になることで、思わぬ成功作が誕生することもあるのだ。
『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年)
女優兼プロデューサーとして最高のロールモデルになっているマーゴット・ロビーとシャーリーズ・セロン
『ブルックリンでオペラを』のアン・ハサウェイのように、メインキャストを演じた女優がプロデューサーも兼任し、映画を完成に導くケースが注目される。ここ数年、ハリウッドではジェンダーの格差をなくそうとする動きがあるものの、現実はなかなか追いついていないのも事実。2023年の北米における興行成績上位100本のうち、女性が主人公(男性と同等の主人公含む)だった映画は30本。2022年の44本から減少し、過去10年で最低だった。2023年は『バービー』という特大ヒット作があっただけに、この結果は意外だ。
その『バービー』は、主演のマーゴット・ロビーがプロデューサーも務め、成功したパターン。『ブルックリンでオペラを』のアン・ハサウェイと違って、ロビーは自らの製作会社で、こうしたプロデュース作品を送り届けている。現在のハリウッドで、女優=プロデューサーとして最前線にいるのがロビーだと言ってよさそう。
『バービー』(2023年)
レオナルド・ディカプリオと共演した2013年の『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』でブレイクしたマーゴット・ロビーは、早くもその翌年に映画製作会社、ラッキーチャップ・エンターテインメントを立ち上げる。自らが出演した『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年)や『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020年)などの製作に関与。自身が演じる役についても、プロデューサーとしてアイデアを出していく。『ハーレイ・クイン〜』は監督、脚本とも女性だが、これは明らかにロビーの後押しがあったから実現したこと。男性社会のハリウッドを改革する彼女の意思の表れだ。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020年)
ロビーの会社は、自身が出演していない作品のプロデュースにも参加し、成功を収めている。『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020年)だ。性加害者の男たちに復讐するこの物語は、監督・脚本も女性のエメラルド・フェネル。興行的には難しいとされる内容ながら、アカデミー賞では作品賞など5部門にノミネートを達成(うち脚本賞を受賞)し、作品もヒットした。フェネル監督の次の作品『ソルトバーン』(2023年)もロビーは出演していないが、彼女の会社が製作。今後もラッキーチャップは、ディズニーのアトラクション“ビッグサンダー・マウンテン”の実写映画化(女性監督コンビの予定)など大作も待機しているが、ロビーがプロデューサーとして名前がクレジットされる作品は、女性が主人公だったりと、その意思がはっきりしている。また、ラッキーチャップはワーナー・ブラザースとファースト・ルック契約(最優先で企画を打診してもらう代わりに製作費を支援する)を結んでおり、その契約が『バービー』での爆発的成功につながった。
『スキャンダル』(2019年)
現在のハリウッドで、スター女優兼プロデューサーとして、マーゴット・ロビーと双璧をなすのが、シャーリーズ・セロン。そのセロンがプロデュースした2019年の『スキャンダル』で、ロビーとセロンは共演。ロビーはセロンと初めて会った時に、俳優業とプロデューサー業の仕事のバランスや、製作会社のさまざまな対処の仕方について根掘り葉掘り尋ねたという。『スキャンダル』もTV局で実際に起こったセクハラ問題を描いたわけで、まさに女性の視点で作られるべき映画だった。
『モンスター』(2003年)
シャーリーズ・セロンが製作会社、デンバー&デライラ・プロダクションズを起こしたのは2003年。ロビーの会社よりも10年近く早い。この会社の第1作目である『モンスター』(2003年)で、セロンはアカデミー賞主演女優賞に輝く。それまでは彼女の“美しさ”を強調した役が多かったが、自身の会社だからこそ、非情な殺人鬼役を老けメイクもほどこして演じられたのだ。オファーを待つだけだったら、このような役は来なかったかもしれず、アカデミー賞にもたどりつけなかった可能性もある。その後、セロンの会社は『アトミック・ブロンド』(2017年)のような女性主人公のアクション大作も手がけ、女優たちの役のポテンシャルを広げていく。
『オールド・ガード』(2020年)
女性が主人公のアクション映画ということで、セロンはネットフリックスと組んで『オールド・ガード』(2020年)を製作し、自ら主演。ネットフリックスとセロンの会社は、彼女が出演していない複数のドラマシリーズでも手を組んでおり、3月31日配信となるネットフリックス映画『マーダー・ミステリー2』(2024年)では前作に続き、セロンが出演してないにもかかわらずプロデューサーを務めている。今後は自身が出演する『アトミック・ブロンド』の続編や、ダニエル・クレイグと共演するサスペンスアクション『Two for Money(原題)』、主演の可能性があるアルフォンソ・キュアロンの監督作『Jane(原題)』など、セロンがプロデューサーを務める作品は後を絶たない。これらの作品は、女性が主人公、あるいは男性と同等の役という点に、セロンの強い意思もうかがえる。
このように現在のハリウッドで、女優兼プロデューサーとして最高のロールモデルになっているのが、マーゴット・ロビーとシャーリーズ・セロンなのである。
ジョディ・フォスター
先駆けとなったジョディ・フォスター
ブラッド・ピットのプランBや、レオナルド・ディカプリオのアッピアン・ウェイなど、スター“男優”が設立に加わった製作会社は有名だが、近年はシャーリーズ・セロン、マーゴット・ロビーのようなスター“女優”の製作会社が躍進めざましいハリウッド。たしかに女優が製作会社を設立するのは近年のトレンドのようにも感じられるが、時代を遡れば、その先駆けとなった人も挙げられる。
ハリウッドの歴史がはじまって間もない、1900年代の初めに、人気女優だったメアリー・ピックフォードは、早い時期からプロデューサーの肩書きを手に入れ、ユナイテッド・アーティスツの創設に参加。そのスピリットが今もなお受け継がれているのだ。
子役でデビューし、今年(2024年)のアカデミー賞で助演女優賞にノミネートされ、今なお第一線で活躍するジョディ・フォスターが、自身の製作会社、エッグ・ピクチャーズ・プロダクションズを設立したのは、1992年のこと。前年に『羊たちの沈黙』(1991年)で2度目のアカデミー賞主演女優賞を受賞し、『リトルマン・テイト』(1991年)で監督デビューを果たしていたフォスターは、ハリウッドで揺るぎない地位を築いていた。同社はフォスターの主演作『ネル』(1994年)や、監督作『ホーム・フォー・ザ・ホリデー』(1995年)などを送り出す。『イノセント・ボーイズ』(2002年)のように俳優としては脇役ながら、製作会社のプロデューサーとしての役割が大きかった作品もあり、フォスターの仕事ぶりは女優たちのひとつの指針になった。
『ドニー・ダーコ』(2001年)
フォスターの後を追うように、1995年、製作会社のフラワー・フィルムズを設立したのが、ドリュー・バリモア。自身が出演した『25年目のキス』(1999年)や、『チャーリーズ・エンジェル』シリーズ(2000〜2003年)、『ドニー・ダーコ』(2001年)などを送り出す。さらに『ローラーガールズ・ダイアリー』(2010年)でバリモアは初の長編監督に挑戦。製作・監督・出演という立場でひとつの作品をコントロールした。フォスターもバリモアも子役出身という共通点があり、映画業界での長いキャリアがプロデューサーへの欲求を高めたと考えられる。
リース・ウィザースプーン
ジョディ・フォスターやドリュー・バリモアのプロデュース作品では、自身が俳優として出演することが多く、それゆえに女性を中心としたストーリーがメインとなっているが、そのポリシーを徹底したのが、リース・ウィザースプーン。2000年に製作会社、タイプ・A・フィルムズを立ち上げた彼女は、その後、『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』(2005年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞。俳優業も絶好調となり、2012年に、女性主人公の映画に特化したパシフィック・スタンダードを設立した。そこで自身が出演せず、プロデューサーに徹したデヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』(2014年)、ウィザースプーンがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた『わたしに会うまでの1600キロ』(2014年)などを製作。ウィザースプーンはプロデューサーとしての野心が強く、2016年にはパシフィック・スタンダードを子会社に置く製作会社、ハロー・サンシャインも設立した。ここでは自身が出演していない『ザリガニの鳴くところ』(2022年)など野心的なプロジェクトも手がけつつ、『ビッグ・リトル・ライズ』(2017〜2019年)や、『ザ・モーニングショー』(2019年〜)、『リトル・ファイアー〜彼女たちの秘密』(2020年)といったテレビシリーズなどを大成功に導く。このハロー・サンシャインは2021年、元ディズニー幹部が立ち上げた新会社に買収されたことも話題に。評価額は9億ドルとされた。ウィザースプーンは引き続き、プロデューサー、会社経営の立場をキープしている。
ニコール・キッドマン
そのウィザースプーンと近い存在にいるのが、ニコール・キッドマン。『ビッグ・リトル・ライズ』で2人は共演しているだけでなく、共同でプロデューサーを務めている。キッドマンの製作会社、ブロッサム・フィルムズと、ウィザースプーンのパシフィック・スタンダードが、同作の原作の映像化権を共同で獲得したのだ。このあたりに、スター女優でプロデューサーとして“同志”の絆も感じられる。ブロッサム・フィルムズも、やはり基本精神は女性主体のストーリーの重視。キッドマンも出演する最新のドラマシリーズ『エクスパッツ 〜異国でのリアルな日常〜』(2024年)は、香港を舞台に女性たちの運命が交錯するドラマで、同社らしさが感じられる。
その他にもナタリー・ポートマンの ハンサムチャーリー・フィルムズや、サンドラ・ブロックのフォーティース・フィルムズ、サルマ・ハエックのヴェンタナローザなど、トップクラスの女優が設立した製作会社はいくつもある。ブラウンストーンズ・プロダクションを立ち上げたエリザベス・バンクスのように、自身の俳優としてのキャリアよりも、製作会社でのプロデューサーとしての仕事に重きを置くようになった女優も、近年は目にするようになってきた。『スパイダーマン』シリーズ(2002〜2007年)のベティ役などで人気を得たバンクスは、ブラウンストーンズで製作した『ピッチ・パーフェクト』シリーズの2作目、『ピッチ・パーフェクト2』(2015年)や、『チャーリーズ・エンジェル』(2019年)では出演を兼ねて監督も務めた。『コカイン・ベア』(2023年)のように監督に専念した作品もある。このように演じる側から作る側へシフトするのは、女優に限らず、ハリウッドではひとつの道筋になっている。
エマ・ワトソン
プロデュース業に特化するエマ・ワトソン
“自分が信頼しているフィルムメーカーをサポートしたい”。ナタリー・ポートマンのその言葉が代弁するように、製作会社を設立したスター女優たちの目的意識は高い。ジョディ・フォスター、ニコール・キッドマン、シャーリーズ・セロン、サンドラ・ブロック、ナタリー・ポートマンのように、アカデミー賞主演女優賞という最高の栄誉を受け、それ以上の目的を探すとなると、作品をプロデュースする側に回りたくなるのは必然といえる。その場合でも、俳優としての仕事も精力的に続けながら、プロデューサーも担うというケースが大半。自らのスターとしての価値も利用することで、他のスタジオやプロデューサーからの協力を得やすくなるからだ。
『アイリッシュ・ウィッシュ』(2024年)
ただし、自分の知名度だけを利用すると、なかなか成功を導けないパターンもある。ジョディ・フォスターやドリュー・バリモアと同じく子役から活躍し、一時は同世代のアイコン的存在にもなったリンジー・ローハンは、2009年、23歳の若さで製作会社、アンフォーゲッタブル・プロダクションを共同で立ち上げた。しかし同社が製作会社として話題を集める作品を提供することはなかった。それでもローハンはプロデューサーの仕事は前向きで、『フォーリング・フォー・クリスマス』(2022年)や『アイリッシュ・ウィッシュ』(2024年)といった近年の主演作ではエグゼクティブ・プロデューサーも兼任している。とはいえ得意のコメディ作品ながら、作品の評価はイマひとつ。私生活でもお騒がせスキャンダルが多かったローハンに、プロデューサー業が向いているのか……という疑問が出るのは仕方ないかもしれない。他の例と比較すれば、俳優としての評価をある程度、獲得しないとプロデューサー業で成功するのも難しい。それもハリウッドの法則だろう。
一方で、俳優としての活動を抑えて、プロデュースに特化する姿勢をみせる人もいる。『ハリー・ポッター』シリーズ(2001〜2011年)や『美女と野獣』(2017年)のエマ・ワトソンだ。2019年の『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』以来、出演作がないワトソン。俳優業はほぼ休止という状態で、2022年、短編映画で監督デビューを果たした。同じ頃、“これからは違う方向で仕事をしていく”と宣言。ブラウン大学、オックスフォード大学院など学業を優先し、国連の親善大使も務めるなど、以前から俳優業に一定の距離を置いていたワトソン。〈グッチ〉や〈サンローラン〉を傘下に持つファッションコングロマリット、〈ケリング〉の取締役に就任し、弟とはジンを製造するブランドも設立していた。そんな彼女が2023年、2つの製作会社を作ったことが明らかに。ひとつはブレッドクラム・プロダクションズ。もうひとつはソフィア・ライジング。両方とも『ハリー・ポッター』時代からワトソンのアシスタントを務めてきたエミリー・ハーグローブが取締役だ。“ブレッドクラム”とはパン屑のこと。こぼれ落ちた企画を拾い上げるという意味が込められている。現時点でどんなプロジェクトを進めているかは発表されていないが、国連ではUNウィメンの親善大使でもジェンダー平等を訴えてきたワトソンのことなので、そのスタンスを反映した作品を届けてくれるだろう。今後、俳優としての彼女を観られるチャンスは少なくなりそうで、それは寂しいが……。
結局のところ、俳優は映画やドラマのひとつのピースであり、自分で一から何かを創造する野心を持っていたら、監督やプロデューサーという作り手に回りたくなるのは、ある意味、当然の流れといえる。俳優を性別で分けて考えると、男優はクリント・イーストウッド、ベン・アフレック、ジョージ・クルーニー、ブラッドリー・クーパーなど、監督として傑作を放っている人が数多い。ロン・ハワードのように俳優としてデビューしながら、早い時期に監督業への専念を決めたパターンも目につく。一方で女優では、アンジェリーナ・ジョリー、サラ・ポーリーらが挙げられるが、その数はグッと減ってくる。ハリウッドが男性社会であり続ける状況とも関係しているのだろう。近年、ジェンダー格差をなくすことがアピールされながら、2023年は興行成績トップ100本のうち、女性監督の作品は16%にとどまった。しかも前年の18%からダウンしている。この割合が、女優の監督進出を阻んでいるのも確かだ。
『ドリーム』(2016年)
ただ、プロデューサーという職業を考えると、監督以上に女性の活躍が目立っている。2024年のアカデミー賞で作品賞を受賞した『オッペンハイマー』のエマ・トーマスは、クリストファー・ノーラン監督作品を長年プロデュース。スティーヴン・スピルバーグ作品や『スター・ウォーズ』シリーズのキャスリーン・ケネディ、クエンティン・タランティーノ作品のシャノン・マッキントッシュなど、話題作、ヒット作を手がける女性プロデューサーの名前は次々と出てくる。『猿の惑星:新世紀』(2014年)や『ドリーム』(2016年)を製作したジェンノ・トッピングは、“現在のハリウッドでは、監督よりもプロデューサーの方が女性が活躍しやすい”と語っていた。映画に比べ、ドラマシリーズの方がジェンダーや人種の多様性が顕著になってきているのは、プロデューサーの役割が大きいからかもしれない。
そう考えると、スター女優たちが、まずプロデューサーとして作りたい映画やドラマを送り出す姿勢には納得がいく。観る側のわれわれも、作品のクレジットに女優兼プロデューサーの名前を見つける機会が、今後ますます増えるだろう。その流れが、ハリウッド全体の傾向を時間をかけながら変えていくのは間違いない。
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