【デイヴィッド・リンチ追悼】『マルホランド・ドライブが映画界に残したものとは?【後編】 ツメアト映画〜エポックメイキングとなった名作たち~ Vol.32
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さらに“考察”という点に関しては、なんと映画公開当時、リンチ本人によるストーリーを理解するための“10のヒント”がオフィシャルサイトなどで発表されていた。ウィキペディアにも掲載されているのでそのまま転用するが、内容は以下の通りである。
●映画の冒頭に、特に注意を払うように。少なくとも2つの手がかりが、クレジットの前に現れている。
●赤いランプに注目せよ。
●アダム・ケシャー(ジャスティン・セロー演じる新鋭映画監督)がオーディションを行っている映画のタイトルは? そのタイトルは再度誰かが言及するか?
●事故はひどいものだった。その事故が起きた場所に注目せよ。
●誰が鍵をくれたのか? なぜ?
●バスローブ、灰皿、コーヒーカップに注目せよ。
●クラブ・シレンシオで、彼女たちが感じたこと、気づいたこと、下した結論は?
●カミーラは才能のみで成功を勝ち取ったのか?
●ダイナーの“ウィンキーズ”の裏にいる男の周囲で起きていることに注目せよ。
●ルース叔母さんはどこにいる?
このリストが発表された当時は(リンチのことだから)ミスリードも含めた罠やネタかと筆者は構えていたものだが、実は真っ当な解読の手引きになっているようだ。となると、やはり“考察”の愉しみを自ら仕掛ける映画監督の元祖がリンチということになるのかもしれない。そして本作の解釈に関しては、四半世紀に渡って無数の猛者たちに擦り倒されてきたわけだが、模範解答として最も定着しているのは、前半(と言っても145分の尺の大部分)がナオミ・ワッツ扮するダイアンの理想化された夢であり、リタがブルーボックス(青い小箱)を鍵で開けるシーンと黒画面を挟んで、後半(ラスト約30分)は前半ベティとして登場していたダイアンの荒んだ現実が語られていくというものだ。すなわち夢としての回想⇒現実という倒置法。これを踏まえてリンチのヒントどおり映画の冒頭に注目してみると、すべてはハリウッド女優の夢が破れて死んだ田舎娘ダイアンの見た夢だったのか、という切ない大枠が浮かび上がってくる。
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とは言え、こういった“答え”に囚われず、これから『マルホランド・ドライブ』を観る方々には、まずはぜひ頭を真っ白にして映画の世界に身を委ねて欲しいという気持ちが筆者には強い。『ロスト・ハイウェイ』に続きタッグを組んだピーター・デミングの撮影が素晴らしく(デミングは2017年に復活した『ツイン・ピークス』のリミテッド・イベント・シリーズの撮影も手掛けている)、官能的な夢魔という異空間をドライブしていくような映画体験を、全身あるいは全感覚的に味わっていただきたい。
また本作が遺したツメアトの深さで言うと、ひとつにはハリウッド内幕物の決定版として『サンセット大通り』のバトンを完全に受け継いだと言える達成がある。例えば実際の猟奇殺人事件をもとにしたジェイムズ・エルロイの犯罪ミステリー小説の映画化である『ブラック・ダリア』(2006年、監督/ブライアン・デ・パルマ)などにも繋がっていくが、むしろリンチのほうが、エルロイの小説(1987年発表)のDNAを『マルホランド・ドライブ』に組み込んだという線の可能性も濃厚だろう。若い女性を主人公にした業界残酷物語としては、『ネオン・デーモン』(2016年、監督/ニコラス・ウィンディング・レフン)や『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年、監督/エドガー・ライト)なども同様の系譜と言えるし、L.A.奇譚としての作品組成も含めた露骨なフォロワー作品としては『アンダー・ザ・シルバーレイク』(2018年、監督/デヴィッド・ロバート・ミッチェル)が挙げられる。倒置法で語られ、夢が現実のパーツを使って再構築されているという点では、日本映画の破格の怪作『雨の中の慾情』(2024年、監督/片山慎三)も『マルホランド・ドライブ』の遠い親戚である。
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ここに『ツイン・ピークス』や『ブルーベルベット』も追加すれば、まさにリンチ印のツメアトの例は枚挙に暇がない。惜しむらくは20年近くも前の『インランド・エンパイア』以降、結局彼の新作長編映画が観られなかったことだ。リンチと同じ1946年生まれであるスティーヴン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』(2022年)のラストに、ジョン・フォード監督の役で出演していたリンチがスクリーンに刻まれた彼の最後ということか。しかしリンチが遺した特異なアート/エンタテインメントの宇宙はまた新たな世代に発見され、その影響力は永遠に拡大していくだろう。
『マルホランド・ドライブ』
製作年/2001年 製作総指揮・監督・脚本/デヴィッド・リンチ 出演/ナオミ・ワッツ、ローラ・エレナ・ハリング、ジャスティン・セロー、ロバート・フォスター
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