Bリーグ・千葉ジェッツに黄金期をもたらした【西村文男】、チームの危機を支え、恩返しができた一戦!
強豪・千葉ジェッツの一時代を築き、今シーズン限りでプロとして駆け抜けた17年の歴史に終止符を打つ決意をした西村文男。ラストシーズンも颯爽とコートに立ち、仕事を貫徹する“超Mr.ジェッツ”の記憶に深く刻まれた一戦とは?
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- 【アーティスト 田村大】アスリートの分岐点!
バスケットボール選手 西村文男
1986年、三重県生まれ。東海大学卒業後にプロ入りし、2014年に千葉ジェッツに移籍。2009年のユニバーシアード・東アジア大会で日本代表となり、2018年の天皇杯ではベスト5に選出。2025-26シーズン終了後の6月には、引退試合が開催される予定。
千葉ジェッツ屈指のバスケIQの高さを誇り、華麗なドリブルや的確なアシスト、そしてここぞの場面で決める3ポイントシュートで2020-21シーズン優勝の立役者のひとりにもなった西村文男。チーム在籍12シーズンめの大ベテランでもある。そんな西村がプロ生活における分岐点として語ってくれたのは、2018年・天皇杯の決勝戦。同大会での千葉ジェッツは、ファイナルラウンド(準々決勝~決勝)まで順当に駆け上がったものの、初戦3日前のリーグ戦でエースガードの富樫勇樹が左大腿四頭筋を負傷し、天皇杯を欠場することに。司令塔であり得点源でもある富樫不在で戦う必要に迫られたこのスクランブルをスタメンPG(ポイントガード)として見事に支えたのが、西村だった。彼自身も大会前の12月末のアルバルク東京戦での肉離れから復帰したばかりだったが、それを感じさせない高いパフォーマンスを発揮。本職はPGながらシューターとしても通用する技術を持つ西村は、準決勝の京都ハンナリーズ戦でも両チーム最多となる4本の3ポイントシュートを決めた。その成功確率は圧巻の80%で、チームメイトの小野龍猛と交互にアシストとスコアラーを担ってオフェンスを支え、決勝戦のシーホース三河戦でも躍動。両チーム最多9本のアシストを記録し、第2クォーターから第3クォーターにかけて4本の3ポイントシュートを成功させた小野とともに勝利を決定づける原動力となった。最終スコアは、相手を14点差まで突き放した89-75。団結したチームとともに天皇杯2連覇を達成した。
「天皇杯2連覇が決まったあの瞬間は、僕が千葉ジェッツに来てから1番大きな恩返しができた瞬間だったと感じています。チームにしっかり貢献できたのと同時に、この年の天皇杯のベスト5にも選んでもらうことができた。きちんと評価をもらえた意味でも嬉しかったですね」
第4クォーターのブザーが鳴って優勝が決定した瞬間は、嬉しさというよりホッとした気持ちのほうが大きかったというが、プレイ面でプレッシャーを感じていたわけではなかったという。
「勇樹がいないのはチームとして痛手ではあったけど、みんなで勝ちに行くマインドは共有できていたし、いいメンバーが揃っていたので、変に気負わずいつもどおりやったほうが強いだろうと思っていました。一方で、勇樹がいないことで全員が危機感を持って戦えたからこそ、最後の決勝であれだけ相手チームを圧倒できた部分もあるかもしれません」
決勝では、“自分らしさ”を感じたとあるプレイも印象に残っているという。
「後半のほうだったと思いますが、リバウンドかなにかで自分がボールを取ったとき、ノーマークだったので自分でもシュートを打てる状況だった。でも僕は近くにいたリュウ(小野龍猛)にパスして、それを決めてくれたのがすごく気持ちよかった。多分、勇樹だったら自分で打っていると思うし、僕自身も調子がよかったから決める自信はあった。そこをあえて彼自身も調子がよかったリュウに託したのが思い返すとすごく自分らしいし、間違った選択ではなかったなと思って。それがすごく記憶に残っています」
天皇杯の優勝は、コート外で新しいことをはじめるきっかけにもなったという。
「僕はアパレルブランドを立ち上げたり、オンラインサロンを運営したりしているのですが、チームになにか恩返しができない限りはそういったバスケット以外の活動をするつもりはなかったんです。だからこそ天皇杯での貢献が重要な意味を持ったし、当時、社長だった島田慎二さん(現・Bリーグチェアマン)もあの優勝後に僕の活動を応援してくれた。だからこそ、やろうという気持ちになれたので、そういった意味での分岐点にもなりました。アパレルブランドは天皇杯で優勝した年にはじめて、オフシーズンにポップアップをやったりもしています。オンラインサロンはファンクラブのような形のもので、イベントをとおしてたくさんの人と会ったり、仲よくさせてもらうことを楽しませていただいています」
今季限りの引退を発表し、ラストシーズンを駆け抜けている西村だが、ユニフォームを脱いだ後も現在のようにやってみたいことがたくさんあるという。
「将来的には経営者になりたいと思っているのでそのために必要なことをやっていきたいのと同時に、今の自分があるのは間違いなくバスケットがあったから。引き続きバスケットにも関わりながら、なにか恩返しをしたいと思っています」
アーティスト 田村 大
1983年、東京都生まれ。2016年にアリゾナで開催された似顔絵の世界大会であるISCAカリカチュア世界大会で、総合優勝。アスリートを描いた作品がSNSで注目を集め、現在のフォロワーは15万人以上。その中にはNBA選手も名を連ねる。Instagram:@dai.tamura
※『Safari』4月号174〜176ページ掲載
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illustration : Dai Tamura composition&text : Takumi Endo












































































