〈シャネル〉J12 “CHANEL J12”
2000年に発表されたJ12は、 シャネルのアイコンウォッチ。そのモデル名はアメリカズカップに出場するJクラスヨットに由来する。硬く傷に強いセラミックで設えたピュアなスポーツウォッチは、 今年誕生20周年を迎えた。
世界限定20本。ケース径38mm、自動巻き、高耐性セラミック+18 KWGケース&ブレス。 2090万円(シャネル/シャネル カスタマーケア)
かつてないバイカラー
新作で特大のインパクトを放っているのがこの1本。黒いセラミックケースをカットし、ダイヤをセットしたWG ケースと接合。光を吸収する漆黒と光に輝くダイヤが融合を果たした。
❶セラミック
2000年当時、金型成形しかできなかったセラミックで平面的な四角ではなく、立体的で複雑な丸型ケースをJ 12ははじめて実現。同じくセラミック製のブレスレットの各リンクも、多方向に面取りした形状になっている。
❷逆回転防止ベゼル
Jクラスヨットからインスピレーションを得たJ 12は、 分単位の経過時間が計れる逆回転防止ベゼルを備えたマリンウォッチでもある。ベゼルリングをサファイアクリスタルで覆うことで、ケースと同等の耐傷性を獲得。
❸レイルウェイ
ダイヤルの中央には、線路型ミニッツカウンター(レイルウェイ)を装備。ほとんどのモデルは、その円に沿ってアラビア数字を配置。これは古いパイロットウォッチやミリタリーウォッチで用いられたスタイルの再解釈だ。
新ミレニアムが幕を開けた2000年、J 12は〈シャネル〉初のスポーツウォッチにして、初の機械式として華々しくデビューを飾った。そしてセラミックで形作られた漆黒の外観は、時計界にセンセーションを巻き起こした。2003年にはホワイトが登場。ガブリエル・シャネルが遺した「黒にはすべてがある。そして白にも」との言葉を体現したJ 12は、新たなアイコンとして、多様なモデルが展開されてゆく。
なかでも異彩を放っていたのは、2005年に発表された〝J12 スーパーレッジェーラ〞。陽極処理を施したハイテクアルミニウムとセラミックとを組み合わ せた超軽量なバイカラーのクロノグラフは、COSCも取得し、機械的な魅力も高かったまた。同じ年に、トゥールビヨンの限定モデルも登場していて、機械式ムーブメントに対する強い熱意を持つことがうかがい知れる。
そんな〈シャネル〉は2008年、名門〈オーデマ ピゲ〉と提携し、J12専用キャリバー3125の供給を受けることを発表。高品位なムーブメントは、その翌年にバゲットカットしたセラミックをケースやベゼル、ダイヤルに敷き詰めた〝J12 インテンス ブラック〞にも搭載された。同年、 レギュラーのJ12のダイヤルをマイナーチェンジ。外装技術にも注力し、2010年には防水性能を300m まで向上させた〝J12 マリン〞を生み出した。
また新素材も探求。チタン系セラミックを用いたメタリックカラーの〝J12 クロマティック〞を2011年に生み出している。アベンチュリン製のインダイ ヤルで月齢を示す2013年発表の〝J12 ファーズ ドゥ リュヌ〞は、メカと外装の両面で実力を発揮。そして2019年、J12は初のフルリニューアルを受け、 ピュアでスポーティな印象そのままによりエレガントに生まれ変わった。
2013年:ムーンフェイズ登場
ポインターデイトと指針式のムーンフェイズとが備わる 〝J12 ファーズ ドゥ リュ ヌ〞。ムーンフェイズのインダイヤルは、紺碧を背景に星が瞬くような質感を浮かべる天然石アベンチュリン製。 その典雅なダイヤルのたたずまいに合わせて、ベゼルもスリムに仕立て直された
弱冠18歳で〈シャネル〉に入社し、ラグジュアリーの申し子と呼ばれた粋人ジャック・エリュによってJ12は、この世に生を受けた。誕生以来、変わらぬデザインに昨年メスを入れたのは、アルノー・シャスタン。 明確なスタイルを確立したアイコンをフルリニューアルするに際し彼は、エリュの意図を完全に汲み取り、すべてのディテールを洗練してみせた。
上はジャック・エリュにとって、また〈シャネル〉にとっても初の腕時計にして今もアイコンの1つ〝プルミエール〞。 右はエリュが描いたJ12の最初期のデッサン。リュウズガードこそないが、スタイルはほぼ完成されている
〈シャネル〉初の腕時計は、 1987年に生まれた。長方形の四隅をカットした八角形のフォルムを持つ〝プルミエール〞である。デザインを手掛けたのは、J12と同じジャック・エリュであった。そのフォルムは、香水〝シャネル〞のボトルやパリのヴァンドーム広場をモチーフとし、既存の〈シャネル〉のデザインコードにならっている。対してJ12は、まったく新しいスタイルを持つ。
エリュは、ヴィンテージのバイクや車、 ヨットといった自身の趣向をJ12に注ぎ込んだ。そして古くからあるダイバーズウォッチやパイロットウォッチなどから彼の審美眼にかなうディテールを抽出した。幅広のベゼル、ガードが備わる大型リュウズ、レイルウェイ、アラビア数字などなど。これらダイバーズやパイロットウォッチの古典的な普遍のディテールをエリュはより洗練させて組み合わせ、 ブラックセラミックで設えることで、コンテンポラリーへと進化させたのだ。
Arnaud Chastaingt
1980年生まれ。応用美術とプロダクトデザインを学んだ後、〈カルティエ〉を経て、2013年〈シャネル〉入社。 シャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクターとして、新作時計の数々を手掛ける。J12 のフルリニューアルには、実に4年以上を費やした
「学生だった20歳のときに発表されたJ12を初めて見て、衝撃を受け、私は時計デザイナーになると決めたのです」
そう語るアルノー・シャスタンに、J12のフルリニューアルは託された。
「アイコンを変えることはとても勇気がいることでした。そして私はJ12を完璧に理解することに努め、なにも変えず、すべてを変えようと、試みたのです」
なにも変えず、すべてを変えるー
シャスタンはピュアで普遍的なスポーツウォッチのスタイルは変えず、すべてのディテールを見直してリデザインしたのだ。最終的な変更点は、実に全体の70%以上に及ぶ。彼が志向したのは、さらなるエレガンス。ゆえにリュウズは3分の2にまで縮小され、ベゼルはスリムに仕立て直されている。オリジナルのDNAをキープしながら、すべてを変え、J12はよりエレガントに生まれ変わった。
新生J12
気品を増した新 J12。針や数字も手直ししている。ケース径38mm、自動巻き、高耐性セラミック×SSケース&ブレス。64万円(シャネル/シャネル カスタマーケア)
スイスのラ・ショー・ド・フォンに位置するメゾンの時計部門「G&Fシャトラン」でJ12は生まれる。写真は研磨剤を混ぜてセラミックケースを磨く、セラミック製バインダー
昨年のフルリニューアルで変わったのは外観だけではない。ムーブメントも進化した。資本参加するケニッシ社製の高性能なオリジナル・ムーブメントを搭載したのだ。そして誕生20周年の今年、アルノー・シャスタンによって新たなデザインが与えられた。よりアイコニックに、より大胆に、新作J12は、独創性と魅力とを増す。
記念モデルは2020本限定で!
世界限定2020本。ケース径38mm、自動巻き、高耐性セラミック×SSケース&ブレス。83万円(シャネル/シャネル カスタマーケア)
ベゼルとダイヤルにメゾンにちなんだモチーフを描いた20周年記念モデル。Cal.12 .1は約70時間駆動でCOSCも取得。
世界限定12本。ケース径38 mm、自動巻き、サファイア× 18KWGケース&ブレス。 6810万円(シャネル/シャネル カスタマーケア)
静かに時を刻む
黒も白も脱ぎ捨てた透明なJ12は、自社製スケルトン・ ムーブ Cal.3.1が浮き立って見える。ベゼルはWG製でバゲッドダイヤが、華やか。
ケース径38mm、自動巻き、高耐性セラミック× SSケース&ブレス。86万5000円(シャネル/シャネル カスタマーケア)
1つの時計に融和
白と黒のアシンメトリーなバイカラーは、大胆にして斬新。J12の新境地が色で開かれた。
白×黒
極薄の専用カッターでホワイトとブラックのケースを慎重にカット。SS製のインナーケースにそれぞれをセットして、裏側からネジどめすることで繋ぎ合わせた。カット時に切りしろを完璧にコントロールしてサイズを合わせなければ、2つのケースは一体化しない。
●シャネル カスタマーケア
TEL:0120-525-519
雑誌『Safari』9月号 P188〜191掲載
text=Norio Takagi