Safari Online

SEARCH

CULTURE カルチャー

2024.02.24


映画『哀れなるものたち』を考察する(1) 人間の愚かさを描く天才、ランティモスの新境地。



映画的知名度の低かったギリシャで“奇妙な波”と呼ばれた映画ムーブメントを牽引し、2015年の『ロブスター』で英語圏にも進出、いまや世界的映画監督となったヨルゴス・ランティモス。独特の奇妙にねじくれた世界観で映画ファンを幻惑し、かつ魅了してきた異才である。

ランティモスの作風にはいくつもの際立った特徴があるが、一貫して感じるのは人間に対する懐疑的な視線である。もっと平たくいえば、彼の映画からは「人間とは幼稚な生き物である」という、いささか極端でミもフタもない人生哲学が感じられるのだ。

ランティモス作品の登場人物たちはたいてい、閉鎖的な環境にとらわれて、精神的な成長を押し止められている。『籠の中の乙女』(2009年)の子供たちは外の世界は危険だからと自宅の中だけで育てされ、『ロブスター』(2015年)の大人たちは子孫を残すことを強いられ、伴侶を見つけられなければ動物に変えられる施設に入れられる。

『女王陛下のお気に入り』の女たちは、王宮内の政治を愛欲まみれの三文メロドラマに貶める。どれも「人間は本質的に愚かであり、知性や良識が左右する余地などない」と言わんばかりだ。

『哀れなるものたち』にも、ランティモスが好んで描く“幼稚な人間”がわんさか登場する。しかしどうやらランティモスは、ついに世界や人間を描く視点を変えた。ランティモスが惚れ込んだ原作小説の精神に忠実であろうとしたからなのか、ランティモスの内面が成長なり変化を遂げたからなのか、今回限りのちょっとした酔狂なのかはわからない。

が、映画『哀れなるものたち』は間違いなくランティモスの新境地であり、人間の可能性を信じ、未来に希望を見出そうとする試みにすら思える。
 

  

 


読者を翻弄しまくるトリッキーな原作小説
『哀れなるものたち』は、スコットランドの作家アラスター・グレイが1992年に発表した同名小説の映画化である。物語は19世紀末のロンドンからはじまる(原作ではグラスゴー)。若い身重の女性(エマ・ストーン)が橋から身投げし、その遺体が天才医師ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって蘇生させられる。

ただし死んでしまった女性の脳の替わりに、お腹にいた赤ん坊の脳を移植して。かくして生まれ変わった女は“ベラ”と名づけられ、まっさらな精神と成人女性の身体というアンバランスな状態で、人生と世界をゼロから体験し直していくのだ。

原作では、ベラの創造主となるゴッドウィンと、ベラに恋する医学生マッキャンドルス(ラミー・ユセフ)が年齢の近い友人同士であるなど微妙な違いはあるが、物語上の役割はだいたい同じ。

最大の相違点は、ランティモス監督が、複雑な入れ子構造になっている原作小説の一部分(全体の約70%ほど)のみを映画にしていること。以下、少々ややこしい説明になるが、どうかお付き合いいただきたい(映画と原作についてのネタバレがあるのでご注意ください)。
 

 


まず原作小説は、「壮大な大ボラのかたまり」とでも呼びたくなる、非常に人を食った作品である。というのも、作者であるアラスター・グレイを含めて複数の語り部が登場するのだが、全員の語っていることが疑わしくて、読者が誰を信用していいのかわからなくなるようにできているのだ。

原作はグレイ自身による序文からはじまる。グレイは知人から20世紀初頭に自費出版されたとある書物を紹介されて、大いに興味をそそられる。その書物の著者は、医学博士のアーチボルド・マッキャンドルス(映画版ではマックス・マッキャンドルス)。マッキャンドルスは自叙伝という体裁で、妻ヴィクトリア(=ベラ)の驚くべき冒険の顛末を赤裸々に綴っていた。

しかもその書物には「ある天才医師が遺体からひとりの女性を創造した」ことが書かれていた。グレイはさまざまな歴史的事実と照らし合わせ、書物の内容は「すべて事実」だと確信。補足資料や脚注を加えた上で、改めて出版し直そうと思い立ったという。
 
 
ところがその書物には、マッキャンドルスの妻ヴィクトリアの手紙も添えられていた。ヴィクトリアが子孫に向けてしたためた手紙によれば、本の内容はヴィクトリアの実人生をグロテスクに歪曲したデタラメで、夫が捏造した“狡猾な嘘”だという。そしてヴィクトリアが自らの生い立ちを語りだすと、映画でも描かれている“ベラの冒険と成長の物語”とは様相がかなり異なっている。
 
  

 


つまり『哀れなるものたち』の原作小説には、①夫マッキャンドルスが描いたベラの破天荒な半生記と、②妻ヴィクトリア(=ベラ)が手紙に書いた体験談という、矛盾するふたつの物語が並列されている。

さらにマッキャンドルスは自叙伝にベラとダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)の手紙も引用しているから、作者のグレイも含めると原作の中に5種類の一人称パートが混在しているのだ。

序文の中でグレイは、ヴィクトリアのことを「自分の人生の出発点を隠そうとする精神障害の女性」とまで批判し、彼女の主張に疑義を呈している。グレイは読者に対して「遺体に胎児の脳を移植してベラが生まれた物語」こそが真実だと信じるようにと要請しているのである。

にも関わらずグレイは、かなりのページを割いてベラ=ヴィクトリアの後半生を入念に紹介していて、それが史実を含んだ“第三の物語”になっているのだから余計にこんがらがる。“真実”は人によって一様ではないとしても、読者としては「主人公のベラが人造人間か否か」くらいは知っておきたいのが人情というものではないか。
 

  

 


結局、読み手は矛盾に満ちた膨大な記述をさまよいながら、作者グレイが伝えようとしている“真意”をつかもうと必死にならざるをえない……という、非常に厄介な趣向の小説なのだ。そこでこの物語の歴史的な背景をたどりながら、ランティモスが原作をいかにアレンジし、どんな方向性を意図していたのかについて考えてみたい。
(2)男性監督にフェミニズム映画は作れるか?に続く
 

  

 

 
文=村山章  text:Akira Murayama
Photo by AFLO
〈レクサス〉で過ごすラグジュアリーな日常。走行性と居住性を兼ね備えた「LM」と「RZ」、ふたつのクルマ。
SPONSORED
2025.05.30 NEW

〈レクサス〉で過ごすラグジュアリーな日常。
走行性と居住性を兼ね備えた「LM」と「RZ」、ふたつのクルマ。

ファッションをひとつのブランドでコーディネートするのは、いまやごく普通のこと。であれば、複数台所有するクルマをひとつのブランドで統一するというのも、ライフスタイルを豊かにするのに役立ってくれそうだ。忙しい毎日を過ごすビジネスマンであれば、…

都会とターフを〈ヤーマン&ストゥービ〉で自在に往来。フェアウェイに向かう手元に機械式時計という大人の愉悦。
SPONSORED
2025.05.30 NEW

都会とターフを〈ヤーマン&ストゥービ〉で自在に往来。
フェアウェイに向かう手元に機械式時計という大人の愉悦。

機械式ゴルフウォッチという新しいカテゴリーを切り開いた、〈ヤーマン&ストゥービ〉。ゴルフにおける勝利の記憶を“記録”として刻み、タウンユースにおいてはクロノグラフにひけをとらない、世界特許を持つ機械式カウンター時計なので、都会とターフの両…

TAGS:   Urban Safari Watches
まるでNYの街角に迷い込んだかのような一夜!〈ブローバ〉創業150周年を祝う記念イベントをシネスイッチ銀座で開催!
SPONSORED
2025.05.29 NEW

まるでNYの街角に迷い込んだかのような一夜!
〈ブローバ〉創業150周年を祝う記念イベントをシネスイッチ銀座で開催!

TAGS:   Watches
〈オニツカタイガー〉の“アルティ RS”シリーズでコンフォートな日々を!あらゆるシーンをシームレスに繋ぐラグスポシューズ“ティグトレイル”が誕生!
SPONSORED
2025.05.28

〈オニツカタイガー〉の“アルティ RS”シリーズでコンフォートな日々を!
あらゆるシーンをシームレスに繋ぐラグスポシューズ“ティグトレイル”が誕生!

TAGS:   Fashion
俳優・志尊 淳が〈グッチ〉の新作を着こなす!アイコニックなウエアを優雅に!
SPONSORED
2025.05.23

俳優・志尊 淳が〈グッチ〉の新作を着こなす!
アイコニックなウエアを優雅に!

イタリアを代表するラグジュアリーブランド、〈グッチ〉から夏の終わりを彩る新作コレクションが到着。クラシックながら、爽やかなムードが漂うプレフォールコレクションは、個性的にしてお洒落心をくすぐる、見どころ満載のラインナップ。そして今回、そん…

TAGS:   Fashion グッチ
〈サンローラン〉の個性的な1枚をまとう!夏旅で着たいセンシュアルなシャツ!
SPONSORED
2025.05.23

〈サンローラン〉の個性的な1枚をまとう!
夏旅で着たいセンシュアルなシャツ!

夏の大人の着こなしに、洗練された上質なシャツは欠かせない。そんなシャツを得意とするのが、フランスのラグジュアリーメゾン〈サンローラン〉。なかでも今シーズン目立つのが、夏のリゾートで映えるエレガントで個性的なアイテム。こんなシャツを身にまと…

俳優・磯村勇斗と〈ベル&ロス〉の最新作!手元に馴染む小ぶりBR-05!
SPONSORED
2025.05.23

俳優・磯村勇斗と〈ベル&ロス〉の最新作!
手元に馴染む小ぶりBR-05!

〈ベル&ロス〉のアーバンコレクション“BR-05”に、小ぶりな36㎜モデルが仲間入りを果たした。エレガントさと精悍さに加え、軽快さという新たな魅力をまとったラグスポウォッチ。その特筆すべき魅力を、俳優の磯村勇斗がいずれも輝きを放つふたつの…

TAGS:   Watches
大人の休日に似合う〈エルケクス〉のこだわりアイテム!夏のアメカジはカレッジスタイルで!
SPONSORED
2025.05.23

大人の休日に似合う〈エルケクス〉のこだわりアイテム!
夏のアメカジはカレッジスタイルで!

夏のアメカジはプリントTやポロシャツが頼り。昔から定番のアイテムだけど、仕様や素材にこだわってカレッジテイストを体現した〈エルケクス〉なら、どこか懐かしくも新鮮。さらに差をつけたいときは、重ね着テクが有効。これで学生とはひと味違う、“カレ…

TAGS:   Fashion
〈デンハム〉白澤社長が着こなす新作デニム!夏に着たい爽快テックデニムのセットアップ!
SPONSORED
2025.05.23

〈デンハム〉白澤社長が着こなす新作デニム!
夏に着たい爽快テックデニムのセットアップ!

夏にデニムは暑くてちょっと……と、敬遠してしまうひとも多いのでは!? そこで紹介したいのが、〈デンハム〉の“エアーテックデニム”。世界的デニム生地メーカー“カイハラデニム”開発のメッシュデニム生地を使用した、通気性抜群のデニムだ。「どんな…

TAGS:   Fashion Denim
着こなしを引き締める〈トム フォード アイウエア〉の新作!艶のあるサングラスが夏スタイルに効く!
SPONSORED
2025.05.23

着こなしを引き締める〈トム フォード アイウエア〉の新作!
艶のあるサングラスが夏スタイルに効く!

ミニマルな着こなしになりがちな夏こそ、小物は大事。特に顔まわりを演出するサングラスには妥協したくないはず。そこで、押さえたいのが〈トム フォード アイウエア〉の新作だ。計算しつくされた繊細でエレガントなフォルムが目元に色気を宿し、夏のシン…

TAGS:   Fashion
「それ、どこで買ったの?」と驚かれる!?この夏、人と差をつけるなら、〈ロンハーマン〉だけの特別なTシャツ!
SPONSORED
2025.05.19

「それ、どこで買ったの?」と驚かれる!?
この夏、人と差をつけるなら、〈ロンハーマン〉だけの特別なTシャツ!

日差しが強くなってきて、いよいよ待ちに待った夏が少しずつ肌で感じられるようになってきた。ということは、俄然欲しくなってくるのがTシャツだ。夏がやってきたら、恐らく毎日のように着ることになるアイテムといっても過言ではない。であれば、大人だっ…

TAGS:   Fashion
【期間限定】堅牢ラゲッジをお望みの人へ!〈エフピーエム ミラノ〉の リミテッドコンセプトストア開催!
SPONSORED
2025.05.14

【期間限定】堅牢ラゲッジをお望みの人へ!
〈エフピーエム ミラノ〉の リミテッドコンセプトストア開催!

まだ知らない人は、これを機会に触れたほうがいい。というのは〈エフピーエム ミラノ〉が、高級ラゲッジとして注目を浴びているから。日本に本格上陸したのがまさに今年。そして、タイミングがいいことに、伊勢丹新宿店をはじめ日本各地で期間限定のリミテ…

TAGS:   Fashion Stay&Travel

NEWS ニュース

More

loading

ページトップへ