
Photo: Tourism Western Australia
西オーストラリア州の州都パースから電車またはクルマで約30分。インド洋に面した港町フリーマントルは、19世紀の建物が色濃く残る歴史の街だ。石造りのコロニアル建築、港町らしい自由な空気、そしてどこかノスタルジックな街並み。歩いているだけで、植民地時代の面影がふと顔をのぞかせる。
観光都市として洗練されたパースとは対照的に、フリーマントルにはゆったりとした時間が流れている。カラフルな羽を持つレインボー・ロリキート(ゴシキセイガイインコ)が鳴き交わすなか、カフェでコーヒーを片手に談笑する人々や、マーケットで買い物を楽しむ地元の人々の姿がある。そんな日常の風景を眺めながら街を歩けば、歴史の残り香がふと感じられるだろう。

この地域で採掘される石灰岩で築かれているため、白っぽい外観に
フリーマントルの歴史を語るうえで欠かせない存在が、世界遺産にも登録されている『旧フリーマントル刑務所』。
19世紀、イギリスはこの地を植民地として開拓するため、多くの囚人を送り込んだ。彼らは単なる罪人だけでなく、政治犯や比較的軽い罪で流刑となった者も多かったと言われている。遠い祖国から送られた彼らは、この荒野の地で街を築く労働力として使われたという。1830年代に建設されたこの刑務所は、囚人たち自身の手によって造られた石造りの建物。厚い石壁に囲まれた巨大な建造物は、今もほぼ当時の姿のまま残っている。
現在は博物館として公開され、内部を巡るツアーでは囚人たちの独房や作業場などを見学できる。静まり返った石の回廊を歩いていると、ここで過ごした人々の時間が、遠い過去から響いてくるようだ。ツアーに参加しなくても、敷地内にあるカフェやグッズショップは利用できる。
この刑務所は、単なる歴史遺産ではない。フリーマントルという街の成り立ちそのものを象徴する場所と言えるだろう。

野菜やフルーツなどの生鮮食品からスイーツ、オーガニック石鹸やアート作品、お土産品など様々なアイテムが並ぶ
写真左/Photo: Tourism Western Australia
そんな歴史の街に、もうひとつ象徴的な場所がある。『旧フリーマントル刑務所』の目の前にあり、1897年に建てられた『フリーマントル・マーケット』。ヴィクトリア様式の壮麗な建物の中には、150以上の小さな店舗がひしめいている。営業は金曜から日曜と祝日のみ。週末になると地元の人々と観光客で賑わい、マーケットは一気に活気づくという。
写真左/個性豊かなフレーバーのコーヒー豆が並ぶ専門店。量り売りのほか、テイクアウトのコーヒーも人気。写真右/食べ歩きにぴったりのスイーツも数多く並び、甘い香りがマーケットに広がる
新鮮な野菜やフルーツを並べる店をはじめ、ハーブティーやマカデミアナッツのショップ、雑貨やお土産品を扱う店など、さまざまな店が軒を連ねる。眺めながら歩くだけでも、この街の豊かな食文化や暮らしが感じられるはずだ。
さらにアボリジナルの工芸品やアートなど、この土地の文化を伝える店も多い。観光客にとっては新鮮で、地元の人々にとっては日常の場所。『フリーマントル・マーケット』は、この街の暮らしと文化が交差する、港町フリーマントルの空気を感じられる場所のひとつと言えるだろう。
マーケットの賑わいを抜けて通りを歩くと、フリーマントルの歴史がゆっくりと姿を現す。石造りの建物が並ぶ街角には、19世紀から続く港町の時間が今も静かに流れている。
フリーマントルの魅力は、やはり街を歩くことで見えてくる。ウォーキングツアーに参加すると、ガイドの語りによって街の歴史が立体的に浮かび上がる。
『フリーマントル・マーケット』から歩いて15分ほどの距離にあり、街の高台に建っているのが『ラウンドハウス』。1830年から1831年に建てられた、西オーストラリア州最古の公共建築物。植民地初の土木技師ヘンリー・ウィリー・レブリーによって設計されたこの円形の建物は、当時は刑務所として使われていたそう。時を知らせるための大砲も残されている。
その『ラウンドハウス』の下にあるのが、『ホエラーズトンネル』だ。かつてフリーマントルが捕鯨港として栄えた時代、捕獲した鯨を港から街へ運ぶために掘られた通路だそう。トンネルは鯨が通れるほどの大きさで、当時の雰囲気を今に伝えている。

写真右の『ザ・ナショナル・ホテル』は1886年築の建物を改装したヴティックホテル。12室のラグジュアリーな客室などを備える
Photo: Tourism Western Australia
トンネルを抜けると、ノスタルジックな街並みが続くハイ・ストリートへと出る。19世紀の建物が並ぶこの通りは、かつて捕鯨の荷が運ばれた道で、海岸から真っすぐ続く一本道になっている。現在では大学やカフェ、レコードショップ、アボリジナルアートの店などが入り、古い建物と新しい文化が共存しているエリアに。
通りを歩いていると、店先に並んだテーブルや椅子に腰掛け、地元の人々がコーヒーやワインを片手に思い思いの時間を楽しんでいる光景によく出くわした。港町とはいえ、日本のような湿り気のある潮風ではなく、ここはカラッとした空気で実に心地いい。強い日差しを避けて、日陰に腰を下ろせば屋外で過ごすひとときは格別だ。旅行者でもテーブルのひとつに腰掛ければ、この街の日常のリズムに自然と溶け込んでいくのがわかるはず。街を壊して新しくするのではなく、歴史を生かしながら未来へつないでいく――フリーマントルは、そんな街づくりを続けている。

漁船が数多く停泊し、港町らしい活気が感じられるのが『フリーマントル・フィッシング・ボート・ハーバー』。周辺にはシーフードレストランやカジュアルなカフェが並び、海を眺めながら新鮮な魚介を味わえる。名物はやはりフィッシュ&チップス。またロックバンドAC/DCのボーカルとして知られるボン・スコットの銅像あり、音楽ファンの“聖地”としても知られている。
【旧フリーマントル警察本部の跡地にできたラグジュアリーホテル】


窓からはスタジアムの『フリーマントル・オーバル』や、『フリーマントル・マーケット』を見渡すことができる
フリーマントル滞在で選びたいホテルが、2025年にオープンした〈ガードホテル〉だ。『旧フリーマントル刑務所』に隣接し、かつて街の司法制度の要であった『旧フリーマントル警察本部』の跡地に誕生した。83室のゲストルームを備え、隣接する旧看守宿舎〈ワーダーズホテル〉と合わせた複合施設〈ガード&ワーダーズコテージ〉として、全106室を展開している。
歴史ある建物を現代的にリノベーションした館内は、街のストーリーを感じながら滞在できる特別な空間。地元食材を使ったモダン・オーストラリア料理を提供するレストランや、サウナとアイスシャワーを備えたウェルネスセンターも併設されている。洗練されたインテリアと、街の歴史を映す建築デザインが共鳴する空間は、大人の滞在にこそふさわしい。

海に浮かぶ人物のまわりを飛ぶ6羽の鳥は、彼の仲間たちを意味しているという
〈ガードホテル〉からサウス・テラス(通称:カプチーノ通り)を抜け、さらにバニスター・ストリートへと進むと、ブルワリー&バー『CALAMITY'S ROD』が現れる。ここには、『旧フリーマントル刑務所』から脱獄した詩人でジャーナリスト、そしてアイルランド独立運動の革命家でもあったジョン・ボイル・オライリーを描いた大きなウォールアートがある。作品を手がけたのは、壁画アーティストのフィントン・マギー。
ジョン・ボイル・オライリーは、アイルランド独立を目指す運動に関わった罪で1866年に逮捕。当初は死刑判決を受けたものの、のちに終身刑へと減刑される。1868年、囚人船ホウグーモント号で西オーストラリアへ送られ、『旧フリーマントル刑務所』に収監された。その翌年の1869年、彼は仲間の協力を得て刑務所から脱走し、アメリカの捕鯨船ガゼル号に乗り込んで脱出。アメリカへ渡り、ボストンに定住した。
ボストンでは新聞『ボストン・パイロット』の編集者として活躍し、祖国アイルランドの独立や公民権、社会正義を訴える言論活動を展開。詩人・演説家としても名声を得て、尊敬される市民指導者となった。また1876年には、捕鯨船カタルパ号による囚人救出作戦にも関わり、その名は歴史に刻まれている。ボストンのバックベイ地区には彼の功績を讃える記念碑が建てられているほどだ。
そんなジョン・ボイル・オライリーは、ホウグーモント号の船上で仲間たちを励ますためにいくつかの詩を書いていたという。その言葉には、過酷な状況のなかでも自由と希望を失わない強い意志が込められている。最後に、『CALAMITY'S ROD』にも飾られている、その詩の一節を紹介したい。
この世界で道を切り開こうと戦うとき、
自分の力で歩む道を測りながら進め。
その行く手に挑戦が現れたなら、
勇敢にそれを受け、戦い続けよ。
失敗に力を奪われてはならない。
どんな逆境にも、揺るがず立ち向かえ。
合言葉は「名誉」であれ、兄弟よ。
そして心の叫びは「希望」であれ。
正しい道を進むなら、確信を持て。
揺らぐことなく舵を取り、前へ進め。
世間の非難など恐れず立ち上がれ。
嘲りや軽蔑を退けよ。
たとえ試練の杯が苦くとも、
兄弟よ、それを誇りを持って飲み干せ。
最後の一滴まで飲み干すことになっても、
真実を常に導きとせよ。
不運のしかめ面に怯むな。
災いの鞭の下で退くな。
起こるすべての出来事は、
すべてを見通す神の意志によるものだ。
自らを律し、誰にも頼りすぎるな。
務めが待つとき、休むな。
前を見よ、そして上を見よ、兄弟よ。
そして忘れるな。
「今あるものこそ、最善なのだ」と。

西オーストラリア州の玄関口パースへは、〈ANA〉の直行便を利用すると快適だ。成田からパースまでは約10時間。乗り継ぎの手間なくインド洋に面したこの都市へアクセスできるのは大きな魅力といえる。〈ANA〉は成田―パース線を、2026年4月19日までは毎日運航。その後は2026年10月24日まで週3往復(月・木・土)の運航が予定されている。
使用機体はボーイング787-9。ビジネスクラス40席、プレミアムエコノミー14席、エコノミークラス192席の計246席仕様で、快適性と機能性を兼ね備えた機内空間が広がる。エコノミークラスを含むすべての座席にはUSBポートとPC電源が備えられており、長時間のフライトでもデバイスを充電しながら過ごせるのが嬉しい。さらに2024年4月からは全クラスで機内インターネットが無料化され、エコノミークラスでもメッセージの送受信などが可能となった。


ビジネスクラスは40席が配置され、ゆったりとした空間設計が魅力。座席はフルフラットになる仕様で、長時間のフライトでもベッドのように身体を伸ばして休むことができる。シートは通路へ直接アクセスできる配列となっており、周囲を気にすることなく席を立てるのも快適なポイント。プライベート感のあるシートデザインと上質なシート素材が、空の旅をより心地よい時間へと変えてくれるはず。
また、広々としたテーブルや大型モニターを備えているため、映画や音楽などのエンターテインメントを楽しみながら、上質なラウンジのような感覚で過ごせる。

エコノミークラスは192席。ボーイング787ならではの広めの客室設計と快適なシートにより、長距離フライトでも比較的ゆったりと過ごせる。大型モニターによるエンターテインメントや無料の機内インターネットサービスも利用できるため、楽しみながら空の旅を満喫できる。西オーストラリアへの約10時間のフライトも、快適な機内環境が旅の時間を心地よいものにしてくれるだろう。
有料機内食『甘鯛味噌幽庵焼き』
機内での楽しみのひとつが食事。通常の機内食に加え、プレミアムエコノミーおよびエコノミークラスでは有料機内食(羽田・成田発のみのサービス)を選ぶこともできる。和食の『甘鯛味噌幽庵焼き』や、洋食の『ビーフストロガノフ ターメリックライス添え』など、少し特別なメニューを味わえるのが魅力。陶器の器で提供されるのも、機内とは思えない上質な雰囲気を演出してくれる。また、ヴィーガンやベジタリアン、低グルテンなどに対応した特別機内食も用意されており、健康志向の旅行者にも配慮されている。
ワインやビール、日本酒といったアルコール類に加え、ノンアルコールドリンクも充実。フライト中のひとときを、自分のスタイルでゆったりと楽しめるのも〈ANA〉ならではだ。

国際線定期便就航40周年を記念する式典が成田空港で開催された。1986年、成田―ロサンゼルス線の就航を皮切りに始まった〈ANA〉の国際線は、この40年でアジア、北米、ヨーロッパ、オセアニアへと広がり、日本と世界を結ぶネットワークを築いてきた。式典では、これまでの歩みを振り返るとともに、航空ネットワークを支えてきた関係者や利用者への感謝が語られた。会場には航空関係者や航空ファン、海外からの旅行者も集まり、〈ANA〉の歴史を祝福。さらに、続いて披露された『銚子はね太鼓』の迫力ある演奏が会場に響き渡り、式典は大いに盛り上がりを見せた。
●西オーストラリア州政府観光局WEBサイト
URL:https://www.westernaustralia.com/jp/
●パース観光情報サイト「のんびり〜ばぶる!パース」
URL:https://nonbiri-perth.com/
●旧フリーマントル刑務所
URL:https://fremantleprison.com.au/
●フリーマントルマーケット
URL:https://www.fremantlemarkets.com.au/
⚫︎ガードホテル
住所:Corner of William St & Parry St, Fremantle WA 6160, Australia
URL:https://gardehotel.com.au/
⚫︎ピナクルズ トラベル グループ
URL:www.pinnacletravelgroup.com.au
※現地での日本語ガイドサポート
⚫︎ANA
URL:https://www.ana.co.jp/ja/jp/international/area/australia/per/







































































