『ミスティック・リバー』
製作年/2003年 監督/クリント・イーストウッド 出演/ショーン・ペン、ティム・ロビンス
哀しみの傷跡を抱えた、荘厳なる街の神話
悠然と流れるミスティック川のすぐそばで、幼なじみの3人の男子たちがとある事件をきっかけにわだかまりを抱え、数十年後、一つの謎めいた殺人事件の顛末へと流れ着いていくーーー。心に闇を抱える役柄を演じたティム・ロビンスを静とするなら、酸素吸入を必要とするほどの激しさで悲しみの演技に臨んだショーン・ペンはまさに動。一級の俳優たちが織りなす剥き出しの演技ひとつひとつに心掴まれ、その果てにある運命結末に深く重く打ちのめされる逸品だ。
イーストウッド組の常連スタッフはいつも気心知れあい、俳優陣を変に緊張させることもない。ただし、何度もテイクを重ねることもなくスピーディに段取りが進むので、だからこそ役者陣は入念に準備して一発で結果を出さねばならない。このリラックスしながら周到に醸成される重厚感。そしてあらゆる要素を大河の如くひとつの流れへと集約させていくイーストウッドの手腕。何度見直しても発見の尽きない、まさに映画の教科書のような作品である。
『ミシシッピー・バーニング』
製作年/1988年 監督/アラン・パーカー 出演:ジーン・ハックマン、ウィレム・デフォー
骨太な視点で激動の時代を描く一作!
1964年、ミシシッピー州でアフリカ系の青年と公民権運動家らが行方不明になり、後に射殺体で発見された事件を基にしたサスペンス。これに対処すべくFBIが送り込んだのは、ウィレム・デフォー演じる若手エリートと、ジーン・ハックマン演じるベテラン捜査官だ。片や北部出身の理想に燃える男で、片や南部出身でこの地の社会や人々の心理も知り尽くした男。このなかなか噛み合わないタッグぶりが物語を力強く加速させる。
当時はアフリカ系アメリカ人の権利獲得のため公民権運動が激しさを増していく時代だが、それに対してKKKなどの過激な差別主義者たちは猛烈に反発。舞台の街では保安官までもがその古くからの考えに固執し、秘密を漏らした者には肌の色に関わらず容赦なき制裁が振るわれていく。度重なる暴力、殺人、放火。それに対応してFBIからは更なる大要員が配備され、さながら戦争のごとき“大炎上”へと転じていくさまは壮絶だ。この事件に出口はあるのか。鍵を握るヒロイン役として、若手時代のフランシス・マクドーマンドが好演しているのも見逃せない。
『黙秘』
製作年/1995年 監督:テイラー・ハックフォード 出演:キャシー・ベイツ、ジェニファー・ジェイソン・リー
変幻自在、キャシー・ベイツの存在感に唸る!
米メイン州の屋敷で死亡事件が発生。現場で鈍器のようなものを振り上げる姿を目撃されたメイドが容疑者として浮上する。その中年女性は、かつて夫が死亡した際も容疑をかけられており……。あらゆる状況から見て彼女が怪しいのは明らかだが、演じるのが『ミザリー』で強烈なイメージを残したキャシー・ベイツというのも、先入観を強める一つの大きな要因だ。その結果、我々は物の見事に騙され、ラストではまさかの胸揺さぶる熱い感動すら押し寄せてくるのだから、これは本当に油断も隙もない映画である。
スティーヴン・キングの原作小説を脚色したのは、有名劇作家の息子であり、当時脚本家として駆け出しだったトニー・ギルロイ。今や『ボーン』シリーズの脚本やSWドラマシリーズ『キャシアン・アンドー』のクリエイターとしても知られる彼だが、本作ではフラッシュバックを巧みに使い、過去と現在をスリリングに併走させながら女性たちの人間ドラマをより深みあるレベルへ昇華させている。いま見直しても語り口に無駄がなく、非常に“技あり!”な一本だ。
『ルート・アイリッシュ』
製作年/2010年 監督/ケン・ローチ 出演:マーク・ウォーマック、アンドレア・ロウ
知られざる”戦場の真実”が胸に突き刺さる!
バグダッド中枢部から空港へと延びる道を”ルート・アイリッシュ”と呼ぶ。この世界で最も危険な場所で、民間軍事会社スタッフの親友はなぜ命を落としたのか? 自らもかつて同じ仕事を担っていた主人公が、人脈を伝って、産業の闇を暴き出そうとするーーー。ケン・ローチ作品といえば英国内の労働者階級、貧困、社会問題などに焦点を当てた作風で知られるが、本作ではリヴァプールを舞台にしながら当地とイラク戦争とを一直線につなぐ優れた社会派サスペンスに仕上がった。
核となるのは民間軍事会社の存在だ。正規の軍隊とは異なる同社のリクルートによって労働者階級の英国人たちが戦地に派遣され、そこで大きなリスクに晒され、トラウマを抱え、時には亡骸となって無言の帰国を遂げる。しかも最大の皮肉は、こういった働きが戦争を抑制するどころか、軍事産業をさらに根強く発展させ続けるということだ。ドラマとしての緊迫感を高めつつも、こうした渾身の告発が胸に突き刺さる一作である。
『ザ・メニュー』
製作年/2022年 監督/マーク・マイロッド 出演/レイフ・ファインズ、アーニャ・テイラー=ジョイ
これは新感覚!予測不能のダークで豊潤な味わい
美食家のタイラーと同伴者のマーゴは、他のゲストたちと共に専用船に乗って高級レストランへ到着する。なかなか予約の取れないこの店はシェフ、ジュリアン・スロウィックのこだわりのすべてを表現した、まるで要塞のような場所。提供されるディナーは一品一品にストーリーがあり、シェフの理念とこだわりが詰まったものばかり。さすが伝説のシェフ……と誰もが感心する中、徐々にその内容は異様なものへと転じ、ついには脱出不可能の恐怖のメニューへと変わりゆく。
こんな常識破りなサスペンス・ホラー見たことない! そもそも脚本家が新婚旅行の中でノルウェーの孤島レストランを訪れたことが着想のきっかけらしいが、本作の根底にあるのは”与える者”としての情熱や理念を粉砕された者の怒りや哀しみであり、金や権力さえあれば何事もまかり通ると考えている人々や消費社会への復讐劇とも言えるのかも。いやいや、まずは小難しいこと抜きにしてご来店を。あなたの食の概念が覆ること請け合いだ。
photo by AFLO