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アントニオ・バンデラス


ペドロ(・アルモドバル監督)は、役者たちが技術や方法論を駆使することを許さない。なぜなら、そこに創造がないことを知っているからだ。


アントニオ・バンデラス

ラテンのセクシー俳優として、ハリウッドを魅了したアントニオ・バンデラスも8月で60歳。主演作の『デスペラード』シリーズや『マスク・オブ・ゾロ』でエネルギッシュかつマッチョな色香を匂い立たせていた’90年代から年月が経ち、近年では酸いも甘いも噛み分けた大人の男の魅力を全身から放っている。とはいえ、10代で演劇の魅力に目覚め、人生の3分の2以上をエンターテイメントの世界で過ごしてきたバンデラスのこと、若きセクシースターからベテランへの階段を上った俳優という一面のみで語ることなどそもそもできない。ミュージカルを愛する人は、マドンナや巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバーを魅了し、トニー賞候補に挙がったこともある彼の歌声を覚えていることだろう。あるいは、アニメーション映画『シュレック』シリーズの"長ぐつをはいたネコ"として認識している人もいるかもしれない。さらに忘れてはならないのは、ハリウッドでブレイクする以前、故国スペインの映画界で活躍していたころから、名匠ペドロ・アルモドバルの盟友であり続けてきたこと。そもそも、彼の記念すべき映画デビューは、アルモドバル監督の『セクシリア』だった。以降、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』『アタメ』『私が、生きる肌』など、バンデラスは多数のアルモドバル作品に登場している。

そんな両者が互いに円熟期を迎え、監督と主演俳優として久々にタッグを組んだ作品。それが、『ペイン・アンド・グローリー』だ。バンデラスが演じるのは、スペインの国民的映画監督でありながら、体調に不安を抱えて引退同然の生活を送る主人公。アルモドバル監督自身を投影したキャラクターであり、物語にも半自伝的要素が注入されているという。体調不良といえば、実はバンデラスにも深刻な時期があった。2017年、エクササイズ中に胸に痛みを覚えて救急搬送され、心臓発作と診断されたのだ。

「僕はもうじき60歳になる。だからこそ、過ぎ去った年月から得てきたものは少なくない。人生は僕に多くの助言を与えてくれたし、そのうちのいくつかは病気という形だった。心臓発作に見舞われたことは、役者の立場で考えるなら、人生で起きた最高の出来事だと思う。人生について、大切なことについて、些細なことを気に病むことの愚かさについて教えてくれたのだからね。そんな体験を経て、『ペイン・アンド・グローリー』は正しい時期、正しい瞬間に僕のもとへやって来た。なぜなら、ペドロは役者に、カメラの前で技術や方法論を駆使することを許さない監督だから。彼にとって、そうすることはトリックであり、創造ではないんだ。創造とは、すべてをリスクにさらし、ゼロから生み出すものでなくてはならない。人生そのもの、自分そのものを使うことを、僕も求められたんだ」

バンデラスが人生と自分そのものを駆使して演じた主人公サルバドールは、人生に停滞感を覚える中、やがて過去と向き合いはじめる。ともに映画の世界を歩んできたアルモドバルの分身と化すことは、冒頭で触れたパブリックイメージの一端から脱する機会にも繋がったようだ。

「ペドロの分身を演じながら、彼と仕事をするのはすごく難しかった。役のことを誰よりも知っている人物に演出されるのだからね。と同時に、カメラのすぐ後ろから、これ以上ないほど的確な指示を出してくれる利点もある。だから僕はまっさらの状態で彼の目の前に立ち、ただ耳をすませ、この映画のためにペドロが僕になにを求めているのかを理解しようとした。不思議に感じたのは、僕が40年にもわたり、彼の人生の様々な瞬間に立ち会ってきたことだね。『セクシリア』以降、僕たちはこの業界でともに育ってきた。世界がどうだったのか、そのときの僕たちは現実をどのように見ていたのか。ペドロの内側にあるものを、僕は一人称で見てきたんだ。だからこそ、サルバドールを演じることは、そういった様々な瞬間の内側をのぞきこむ行為だった。それに、もし僕自身にエネルギッシュなヒーローのイメージがあるとしたら、そこから抜け出すこともできた。友人であるペドロ・アルモドバルの目、そして魂を通して、自分自身のもう1つの側面を見せることができたんだ」

完成した作品がカンヌ国際映画祭で披露されるやいなや、バンデラスは男優賞を受賞。今年開催の第92回アカデミー賞でも、主演男優賞にノミネートされた。美しい恋人と愛娘を伴い、嬉しそうにレッドカーペットを歩いていた姿が記憶に新しい。「『ペイン・アンド・グローリー』は和解について、許すことについて、そして開いたままだった輪を閉じることについての映画なんだ」とも語るバンデラス。歩んできた人生、直面した出来事、時間をともにする人たちの存在が、俳優アントニオ・バンデラスの今に繋がっている。



[PROFILE]
1960年、スペイン生まれ。ペドロ・アルモドバル監督の『セクシリア』で映画デビュー。『マタドール≪闘牛士≫ 炎のレクイエム』『欲望の法則』など、アルモドバル作品で高い評価を得た後、『マンボ・キングス わが心のマリア』でハリウッドデビューを果たす。以降、『フィラデルフィア』『デスペラード』『エビータ』『スパイキッズ』シリーズをはじめ、様々な映画に出演。近年の出演作には、『ジーニアス:ピカソ』『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』『ドクター・ドリトル』などがある。


  • 『ペイン・アンド・グローリー』

    体調不良を抱えたうえに、4年前の母の死からいまだ立ち直れない映画監督のサルバドール(バンデラス)。無気力な日々を送る彼のもとに、32年前に撮影した映画の再上映の知らせが舞いこんでくる。上映に向け、絶縁した主演俳優との再会を果たしたサルバドールは、自ら閉ざした過去に思いを馳せるように。やがて監督としての再起を決意する事態に直面するが……。●6月19日より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー

©El Deseo.


写真=Jay L. Clendenin / Los Angeles Times / Contour RA(表紙)、@Nico Bustos 文=渡邉ひかる

2020-05-29