新鮮さが必要だから、本作ではブレン軽機関銃ではなく
ミニガンをDB5のフロント部分に搭載している。少しだけ改良したんだよ!
007/カジノ・ロワイヤル』から『007 スペクター』まで、ダニエル・クレイグは英国秘密情報部のスパイ、ジェームズ・ボンドを計4作で演じてきた。半世紀以上の歴史を持つ人気シリーズだけに、新作の製作が決まるたび、世界中が注目するのは当たり前。シリーズ第25作となる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』に関しても、前作『007 スペクター』の公開から数年の月日がたっていることもあり、期待と好奇心の入り交じった声が飛び交った。ダニエル・クレイグは再びボンドを演じるのか。そもそも、ボンドは新作に登場するのか。製作初期に監督を務めていたダニー・ボイルの離脱に触れ、「映画製作ではよくあることなのに、『007』シリーズだから話題になってしまった」と冷静に語るクレイグの様子から察するに、過熱した報道を気にする必要はなさそうだ。もちろん、ボイルからバトンを受け取った日系米国人監督キャリー・フクナガのもと、クレイグはこれまでどおりボンドを演じる。ただし、本作の冒頭、ボンドは現役スパイを退いているのだが。
「ボンドは任務を退き、ジャマイカで平穏な暮らしを送っていた。けれど、基本的にじっとしていられない性格だからね。忙しく動きまわり、健康を維持し、感覚が鈍らない努力はずっとし続けていたと思う。そんな中、CIA出身の旧友に助けを求められ、キューバへ向かうことになるんだ」
その後のストーリーは、もちろん公開まで極秘扱い。とはいえ、『ボヘミアン・ラプソディ』でアカデミー賞主演男優賞に輝いたラミ・マレックが悪役を演じることはすでに公表済みで、"ボンド対悪者"の構図は従来どおりだという。
「僕たちが製作の段階で話し合うのは、"恐怖"についてだ。悪役がなにをしようとしているのか。世界を滅ぼしたいのか、支配したいのか、仲間とだけ共有する気なのか。映画を作る際には、こういった疑問が浮かぶ。そのうえで、物語の中で起こる出来事を検討するにあたり、現実が必然的に関連づけられていく。映画の世界に現実を反映しないなんて、無理な話だからね。これまでの『007』シリーズでも、その時代の服装が反映されてきたし、当時の情勢の影響が見て取れる。『007/ゴールデンアイ』が製作された当時、"冷戦は終わったのに、まだボンド映画を作る必要が?"と意見する人たちがいたそうだ。完全に間違った考え方だね。世界はあの頃と変わらず複雑だし、悪いことを企む人間もまだいる。だからシリーズを作り続ける意味があるのだけど、これはボンド映画だから、倒すべき悪人のアジトというものがある。結局のところはファミリー映画だし、気骨のある激しい内容になればなるほど、観客には空想の作品として楽しんでもらえることを願っているよ」
また、エンターテイメントと社会性のバランスという点でいえば、少なくとも過去の『007』が女性に公平な映画ではないことも十分承知している。本作には、ラシャーナ・リンチ演じる黒人の女性エージェントが登場するそうだ。
「#MeToo運動には多くの課題があるし、問題を避けるつもりはないが、ボンド映画の中で直接的に解決することはできない。考え方の問題だからね。ラシャーナ演じるノーミは、すごく強い女性なんだ。彼女とのシーンは本当に楽しかったよ。ノーミのようなキャラクターを登場させ、ボンドに挑ませることが僕らには最善の方法だと思えた。それに、ボンドはあくまでもジェームズ・ボンド。欠点があり、ノーミの登場で内面が変わることはない。けれど、少なくとも観客は"それは間違っている"と意見を持つことができるだろうね」
『007』シリーズについて、ジェームズ・ボンドについて、クレイグは誰よりも深く向き合い、理解する人間のひとり。しかし、ボンドを演じるには今でも相応の"プロセス"が必要になるそうだ。
「最初にボンドを演じたときは、役作りに3カ月かかった。それが今では、1年くらいかかっている。まだ脚本がない段階でも、頭の中で役作りをはじめるんだ。カラダを絞り、アクションシーンに備える必要があるからね。ボンド役に切り替えるというより、プロセスを踏んでいく感じだと思う。たとえば、素晴らしい衣装デザイナー、スティラット・アン・ラーラーブとNYで衣装の打ち合わせをするのも、大事なプロセスのひとつだ」
役との向き合い方を含め、ひとつひとつの言葉を聞けば聞くほど、ダニエル・クレイグ=ジェームズ・ボンドの新たな姿を見るのが最後になるのが口惜しい。そう、彼はすでに、今回でのボンド卒業を公言している。意志は固いようだ。今年1月に日本でも公開された『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』の続編企画が発進するなど、"非ボンド"な役柄でも、すでに高い評価を得ている。とはいえ、以前にも卒業宣言はあったことだし? まずは、ダニエル・クレイグによる"最後のボンド"をしっかりと見届けたい。
[PROFILE]
1968年、イギリス生まれ。ギルドホール音楽演劇学校で学んだ後、『パワー・オブ・ワン』で映画デビュー。『トゥームレイダー』『ロード・トゥ・パーディション』といったアメリカ映画にも出演するなど、活動の幅を広げていく。2004年、主演映画『レイヤー・ケーキ』『Jの悲劇』が話題となり、その翌年、6代目ジェームズ・ボンドに抜擢。他の出演作には、『ドラゴン・タトゥーの女』『ローガン・ラッキー』『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』などがある。妻は女優のレイチェル・ワイズ。
現役スパイを退き、ジャマイカでの暮らしを満喫するジェームズ・ボンド。だが、CIA出身の旧友フェリックス・ライターが助けを求めてきたことで、平穏な生活は終わる。ライターの依頼は、誘拐された科学者の救出。想像以上に危険な任務に身を投じる中、ボンドはやがて最新の技術を保有する黒幕と対峙することに……。監督は『ビースト・オブ・ノー・ネーション』のキャリー・フクナガ。●公開は延期となりました。
写真=Greg Williams for Universal Pictures International 文=渡邉ひかる
2020-03-13