これまでクレイジーな作品をたくさんやってきたけど、今回がこれまで経験した中で最も過酷な撮影だったね。
デンマークを代表する俳優として、いまや世界を股にかけた活躍を見せているマッツ・ミケルセン。同じデンマーク出身で、こちらも後に世界的名匠となるニコラス・ウィンディング・レフンの監督作『プッシャー』で長編映画初出演を果たして以来、母国のショウビズ界を担う存在に。『キング・アーサー』でハリウッドに進出してからは、「興味深い作品であれば、どの国での撮影にも赴く」をモットーに、国際派スターの座を確固たるものにしてきた。数年ほど前には連続ドラマ『ハンニバル』に出演し、アイコニックなキャラクターであるハンニバル・レクターを演じて大ブレイク。日本にも熱狂的なファンが多く、ファンイベントを開けば参加希望者の女性たちが殺到するほどの人気ぶりだ。映画やドラマにさほど詳しくない人でも、『007 カジノ・ロワイヤル』の血の涙を流す悪役ル・シッフル、マーベル作品『ドクター・ストレンジ』の敵役カエシリウス、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のゲイレン・アーソ博士といえば、どれかひとつにはピンとくるかもしれない。
そんなミケルセンがモットーを体現するかのように、今度はアイスランドへ。無人の雪山を舞台にしたサバイバル映画『残された者-北の極地-』で、孤立無援の主人公を演じている。
「『ハンニバル』のプロデューサー、マーサ・デ・ラウレンティスから電話があり、〝絶対に読むべき脚本よ!〞といわれたんだ。だから、エージェントから送られてくる脚本の束の一番上に持ってきて、すぐに読んだ。美しく、シンプルで、誠実な物語だったね。その2カ月後には、アイスランドでの撮影に参加した。実をいうと、企画の初期段階では物語の舞台は火星で、主人公もアメリカ人だったのだけど。ラッキーだったよ」
孤独がつらいのは火星でも雪の荒野でも同じことかもしれない。ミケルセン演じる男は氷点下の地に不時着して以来、自身で定めたルーティーンに沿って時間を過ごしている。あたりを歩き、魚を釣り、救難信号を出す。それだけの毎日だ。
「彼はサバイバルの達人というわけじゃない。毎日のルーティーンでただ生き延びているんだ。あまり表情を変えない男だが、ちょっとした感情が見えた瞬間に、彼という人物を一気に感じられると思う。言葉もほとんど発さないしね。実際、こうデいったシチュエーションに陥ったら、ほとんどの人が独り言さえいわないと思う。リアルだよ」
主人公が置かれている状況と同様に、撮影自体も過酷なものだったという。
「これまでもクレイジーな作品をたくさんやってきたけど(笑)、経験した中で最も過酷な撮影だったね。風、雪、寒さという自然の脅威が常につきまとっていたんだ。しかも、劇中のシーンのほとんどに僕が出ている。肉体だけでなく、精神的にも大変だったよ。常になにかしらのトラブルが起きていたから、35日間の撮影予定だったにもかかわらず、19日しか撮影できなかったんだ。嵐のシーンを撮りたいのに、太陽が突然出てきたり、晴天のシーンなのに雪が降ってきたりもして。途中からはスケジュールを組むのをあきらめ、天候に合わせて臨機応変に撮影を行うことになった」
過去最高に過酷な撮影に対応できたのは、ミケルセンをはじめ、作品を手掛ける者たちのチーム力あってのことだろう。物語の中の男には、力を合わせる相手もいない。だが、映画の中盤。男の前にヘリコプターが墜落。彼は機内から瀕死の女性を救い出し、救援を求めて歩きはじめることに。
「表面的には、彼が女性を救おうとしているように見えるかもしれない。けれど、少し深く掘り下げてみてほしい。そうすれば、女性のほうが、彼を救ったと読み取ることができる。そこから動けず、なんの選択もすることができないまま座って死を待つだけのルーティーンを繰り返していた男が、彼女の登場によって行動することを決めたのだから。この映画は、生き残ることと生きることの違いを描いた作品だ。やはり、人は1人では生きていけない。誰かがいないとダメなんだ」
「自ら望んでそうするなら(笑)、1人で殺風景なところを眺める時間も悪くはない」というミケルセンだが、俳優になる前はプロのダンサーとして活躍していたこともあり、「基本的にカラダを動かすことが好きで、オフのときはスポーツを楽しむことが多い」そう。『残された者-北の極地-』の撮影を終えた後、8カ月ほどのオフを取った。
「仕事をしないのは得意なんだ(笑)。何時間も自転車に乗って頭を空っぽにしたり、テニスをしたり、家族と過ごしたり。最高のご褒美だったね」
といいながら、やはりアクティブな性格は仕事の仕方にも表れているよう。天才画家フィンセント・ファン・ゴッホの半生を描く『永遠の門 ゴッホの見た未来』、人間の思考が筒抜けになった世界が舞台のSFスリラー『カオス・ウォーキング(原題)』など、待機作はまだまだ続いている。
[PROFILE]
1965年、デンマーク生まれ。国立演劇学校で学んだ後、『プッシャー』で長編劇場映画に初出演。以降、『しあわせな孤独』『アダムズ・アップル』『アフター・ウェディング』『誰がため』『ヴァルハラ・ライジング』などに出演し、〝北欧の至宝〞と呼ばれる存在となった。2010年にはデンマーク女王から爵位を授与されている。2012年、『偽りなき者』でカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞。2013年には『ハンニバル』のレクター役でブレイクし、ドラマ界のスターとして世界的人気を集めている。
極寒の白い荒野に取り残された男オボァガード(ミケルセン)。飛行機で不時着したらしき彼は、壊れた機体を生活の拠点に、荒野を歩き、魚を釣り、救難信号を出し、睡眠を取ることを繰り返すだけの日々を送っていた。そんなある日、彼の目の前にヘリコプターが墜落。オボァガードは瀕死の女性パイロットを救い出すが……。監督はブラジル出身の新進クリエイター、ジョー・ペナ。●11月8日より、新宿バルト9ほかにてロードショー
写真= Ugo Richard / Contour by Getty Images 文=渡邉ひかる
2019-10-25