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トム・ヒドルストン


フォーク音楽やヒルビリー音楽は、魂の歌だ。ウソ、偽りがない。悲しい曲を歌う奴は、悲しみを知っている。-『アイ・ソー・ザ・ライト』から


トム・ヒドルストン

米マーベルコミックのヒーローたちが一堂に会する大ヒット映画のシリーズ最新作、『アベンジャーズ/エンドゲーム』に世界中の熱い視線が注がれる今、改めて振り返っておきたいのは彼のこと。シェイクスピアの国イギリスが生んだ実力派俳優トム・ヒドルストン、現在38歳は、『アベンジャーズ』シリーズに登場するヒーローの1人、邪神ロキ役で世界的ブレイクを果たした。一連の映画シリーズにおけるロキの活躍ぶりは、原作コミックの展開にすら影響を与えたほど。キャラクターをモチーフにした映画関連グッズも、ほかのヒーローたちのものに勝るとも劣らぬほど売れに売れている。ただし、面白いことにロキはあくまでも“邪神”であり、世界平和のために奮闘し、信念のために身を削るほかのヒーローたちとは異なる。シリーズに初登場した2011年以来、兄の雷神ソー(クリス・ヘムズワース)をはじめとするヒーローたちを、はた迷惑な野心と悪戯心で悩ませてきた。それでも観客に愛され、人気キャラクターへと成長したのは、やはりトム・ヒドルストン自身の魅力と貢献によるところが大きい。

ヒドルストンがロキ役に出会う前、母国イギリスで活動していたころは、舞台やテレビへの出演が中心だった。もともとは上流の家庭に生まれ、ウィリアム王子も通った名門イートン校に学び、ケンブリッジ大学を優秀な成績で卒業。演技に対する本格的な目覚めは大学時代で、数々の有名俳優を輩出した王立演劇学校にも学んでいる。以前のインタビューで「僕の俳優人生の中心にはずっと、シェイクスピアがあった」と語っていたこともあるように、2007年に上演されたシェイクスピアの舞台『シンベリン』ではローレンス・オリヴィエ賞最優秀新人賞を受賞。その翌年にも同じくシェイクスピア作の『オセロ』などに出演し、“シェイクスピア俳優”と呼んでも差し支えないほどの活躍を見せている。そのまま舞台上での輝きのみを追求する俳優人生、あるいはイギリス発の良質な映画やドラマで存在感を放つキャリアもあっただろうが、まもなく1本の映画がヒドルストンの運命を大きく変える。その1本こそが、『アベンジャーズ』シリーズの一端を担う『マイティ・ソー』だ。この『マイティ・ソー』を手掛けたケネス・ブラナーはイギリスの名優兼ベテラン演出家で、彼もまた数々のシェイクスピア作品を演じ、監督してきたキャリアの持ち主。そのブラナー自らヒドルストンをロキ役に抜擢したことも、「僕の俳優人生の中心にはずっと、シェイクスピアがあった」という発言に繫がっている気がする。

ロキ役でブレイクした後、ヒドルストンの活躍はワールドワイドに。役柄も多岐にわたるようになる。鬼才ジム・ジャームッシュの『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』では、ミュージシャンとして活動する破滅的なヴァンパイアに。SF作家J・G・バラードの小説を映画化した『ハイ・ライズ』ではカオス的な状況に直面する主人公を演じ、現代における階級社会の風刺に乗り出した。また、’40年代アメリカのカントリー歌手に扮し、歌声を披露した『アイ・ソー・ザ・ライト』なる作品も。さらに、『キングコング:髑髏島の巨神』では頼れる元兵士として活躍。ちなみに、シェイクスピアに関する前出の発言は『キングコング:髑髏島の巨神』の際に口にしたものだが、同じインタビューで「もう、やりたい役をやり尽くしたのでは?」と訊ねた際には、笑いながらこんなことを言っていた。「まだまだ。やりたいことはもっともっとある。年齢を重ね、人生経験が豊かになったからこそ演じられる役もあるしね。演じるということには、可能性が備わっている。いろいろな感情を持てるし、いろいろな人物になれるんだ」

現在はさらなる"いろいろ"を求め、ロンドンで舞台に出演中。演目は、名戯曲家ハロルド・ピンターの『背信』だ。不倫中の男女に女の夫を加えた3人の裏切り(背信)が交錯する物語で、まさに「人生経験が豊かになったからこそ演じられる役」と言えそう。上演は6月までの予定だが、すでに絶賛評が上がってきている。さらに、"いろいろ"と同じくらい"もっと"もヒドルストンの俳優人生におけるキーワードになっているのは明らかで、ロキの今後にも動きあり。彼を主人公にしたドラマシリーズの制作が昨年11月に発表された。これを受け、「ロキには伝えるべき物語がもっとある。やるべき悪戯がもっとある。まだまだある」とヒドルストンもコメント。ロキの"もっと"を目にする日は、遅かれ早かれやって来そうだ。ただし、その前に『アベンジャーズ/エンドゲーム』の全貌を目にしておかなくてはならない。なぜなら、昨年公開された前作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でロキは……。"もっと"は、映画シリーズでも希望の言葉となり得ているのか。まずは、その確認からだ。



[PROFILE]
1981年、イギリス生まれ。ケンブリッジ大学在学中から俳優活動をはじめ、その後ドラマ『刑事ヴァランダー』などに出演。同作の主演俳優ケネス・ブラナーが監督を務める映画『マイティ・ソー』のロキ役でハリウッドに進出する。以降、ロキとして『アベンジャーズ』などに出演。そのほかの作品にゴールデン・グローブ賞主演男優賞に輝いたドラマ『ナイト・マネジャー』、ロンドン・イブニング・スタンダード・シアター・アワード最優秀男優賞受賞の舞台『コリオレイナス』などがある。


  • 『アベンジャーズ/エンドゲーム』

    宇宙最強の敵サノスに屈したロキ(ヒドルストン)をはじめ、大勢の仲間を失ったヒーローチーム“アベンジャーズ”の面々。アイアンマン、キャプテン・アメリカら、残されたヒーローたちはサノスを倒し、世界平和を取り戻すことができるのか。宇宙の生き物の半数を消滅させ、新たな世界を作ろうとするサノスの思惑が、ヒーローたちに与える試練とは……?●4月26日より、全国ロードショー

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写真= Bryce Duffy/Contour by Getty Images 文=渡邉ひかる

2019-04-25