現存する最古の服地商社〈ドーメル〉。その代名詞といえば、1957年に発表した服地素材“トニック”だろう。ウールにモヘアをブレンドするその製法は、当時は画期的。シワになりにくい服地として一世を風靡し、かのジェームズ・ボンドのイメージソースとして脚光を浴びた。その服地作りの伝統について、5代目当主のドミニク・ドーメルはこう語る。
「 様々な素材を融合してかつてない服地を作る技術は、177年に及ぶ歴史の中で培った伝統の1つです。当社は大手メゾンにも服地を供給していますが、ブランドの高い要求に応えられるのも、こうした強みがあるからだと自負しています」
一方で高い価値を持つ製品を生み出し続けるためにも、ファッション業界全体として考え方を大きく変えなくてはならない時代を迎えているという。
「残念なことですが、ファッションは石油産業に次いで自然を汚染している産業といわれています。しかし服地の原毛はすべて自然に由来するもので、厳しい環境で飼育を行う牧畜家なくしては生産できません。華やかなファッションの世界では話題にされにくいことですが、この認識を忘れてはなりません。当社ではこれまでも自然と共生できる生産体制を重視してきましたが、それをさらに徹底し、生産者の労働環境の改善に取り組む姿勢を改めて強く示したいと思います」
そんな思いを具現化したのが、新作"トニックウール"。この服地は、原毛の採取から製織までのトレーサビリティをブロックチェーン技術で保証。原毛は自然保護に力を注ぐ南米パタゴニアの牧場から調達。環境負荷を抑えた英国ヨークシャーの工場で生産されている。今後5年で、こうしたトレーサビリティを確立した服地を7〜8割まで引き上げるという。老舗の挑戦が、ラグジュアリー業界に一石を投じることになりそうだ。
写真=仲山宏樹 文=遠藤 匠
2019-04-25