PEOPLE*


愚かな願いだろうか、私のような化け物が
いつか君の愛を得たいと願うのは。

—— 『美女と野獣』から


ダン・スティーヴンス


ダン・スティーヴンス

昨年の大ヒット映画『美女と野獣』で、美声を轟かせていた男を覚えているだろうか。といっても、美声の持ち主の顔まで思い浮かべられる人は少ないかもしれない。なにせ彼が演じていたのは、大団円を迎えるラストシーンまで、ほぼ全編"野獣"の姿をしていた王子なのだから。自身の出演作史上最大のヒット作で、彼とは判別不可能なほどの姿を見せているとは。しかも、そんな役を嬉々として演じているとは。どうやらこの男、俳優としての遊び心を持ち合わせているようだ。実際、『美女と野獣』の公開前にインタビューすることができた際も、「役者にとって大事なのは遊び心。なにかにこだわりすぎるのではなく、その場を楽しむべきなんじゃないかな」と語っていた。

そのダン・スティーヴンス。まずは、印象的なアイスブルーの瞳を持つ2枚め俳優が、『美女と野獣』に至るまでの道のりを振り返りたい。多くの成功したイギリス人俳優同様、全寮制の名門男子校出身のスティーヴンスは、ケンブリッジ大学に進学して英文学を専攻。入学早々演劇サークルに所属し、数々の舞台に立って演技の才能を開花させた。ということはつまり、芝居の魅力にはじめて触れたのは、それ以前の男子校時代。「学芸会で演じた役が、俳優となった僕の運命を決めたといってもいいかもしれない。舞台に上がったとき、"うわっ、いい気持ちだな。これはいいぞ! 僕はこれから先、この瞬間をもっと味わうべきだ"と思ったんだ(笑)」と明かしている。

直感と運命に従ってそのままプロの道を歩みはじめたスティーヴンスが、世界的にブレイクを果たしたのは2010年。英国ドラマ『ダウントン・アビー』の放送がはじまってからのことだ。20世紀初頭のイギリスを舞台にした同作で、彼は伯爵家の財産を相続することになる遠縁の男性マシュー・クローリー役を好演。貴族の血は引くものの庶民派で、やがて伯爵家に新風を吹きこみはじめるマシュー役が、女性を中心とする視聴者の心を掴むのに時間はかからなかった。スティーヴンス自身も、「『ダウントン・アビー』は大きな転機だった。世界中でヒットしたことには驚かされたけどね。あの作品があったから、その後にたくさんの素晴らしいことが僕の身に起きたと思っている」と認めている。しかしながら、ドラマの人気がピークを迎えた2012年、スティーヴンスは『ダウントン・アビー』を降板。マシューも物語の中から去った。降板理由は、"新たな挑戦のため"。有言実行とばかりに、『ダウントン・アビー』後の彼は好青年だったマシューからかけ離れた役を好んでチョイスした。スリラー映画『ザ・ゲスト』で主人公一家を恐怖のどん底に突き落とす謎の帰還兵を演じたのも、サスペンス映画『誘拐の掟』で妻を殺害された麻薬仲介人をワイルドに演じたのも、大人気コメディのシリーズ第3作『ナイトミュージアム/エジプト王の秘密』で円卓の騎士ランスロットを演じたのも、すべて降板後しばらくしてからのこと。これらはすべてアメリカ映画で、ハリウッド進出にも積極的なのがわかる。「ある作品にかかわったら、その次には全く違うタイプの作品を選ぶようにしている。そうすることでいろいろなチャレンジができるしね。もちろん、巡り巡って以前の出演作に似たタイプの作品に出ることもあるけど、直近の役柄と違ったものでありさえすれば、自分を新鮮に保つことはできると思う。それが、前に進んでいくということ。難しいことを常に探している、ともいえるね」というスティーヴンス。彼にとって、イギリスからハリウッドへ、貴族の好青年からダークなアメリカ人キャラクターへの道は、まさに必然だったといえるかもしれない。

ならば、『美女と野獣』の世界的大ヒットで、スティーヴンスは"野獣"からの脱却を試みなくてはならないのか。いまや出演オファーが後を絶たない状況で取った方法は、以前にも増してスマートだ。『美女と野獣』の完成を待つ間、彼はドラマ『レギオン』に出演。「作品自体も撮影も、とんでもなくクレイジーだった(笑)」という『レギオン』はアメコミを原作にした異色作で、演じるのは、特殊能力を持つがゆえに精神病と診断されてきた主人公。そのダークで奇天烈な作品世界は、もちろん『美女と野獣』から薫るディズニーテイストとは異なる。『レギオン』は今年になってシーズン2が放送され、シーズン3の制作も決定済み。俳優ダン・スティーヴンスの代表作はといえば、『美女と野獣』の"野獣"と答える人もいれば、『レギオン』の強力な超能力者デヴィッド・ハラーと答える人もいる。現在はそんな状況だ。

そして、彼の日本公開作品群にまた1つ加わるのが、『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』だ。本作はイギリスの文豪チャールズ・ディケンズが、名作『クリスマス・キャロル』を書き上げるまでの物語。『オリヴァー・ツイスト』などで一世を風靡した後、スランプに陥って苦悩する生身のディケンズを、ユーモアも交えながら魅力的に演じている。出演オファーを受けた当時を振り返り、「この作品はうやうやしい伝記映画ではなく、才能ある芸術家の創作活動とプレッシャーを描いた物語。当時のディケンズには4人の子供がいて、生まれてくる子も1人いた。この脚本を読んだ当時、僕自身にも生まれてくる子がいたから共感できた」と語っているスティーヴンス。ちなみに、脚本を受け取った時期に心待ちにしていた"生まれてくる子"とは、2016年に誕生した第3子のこと。「娘の誕生は、僕の2016年における最も素晴らしい瞬間」ともいい、華やかな映画界で地に足をつけていられるのは「妻と子供たちのおかげ。家族に助けられ、今の自分がある。それこそが、僕の大切な人生」と感謝を口にしている。

『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』でディケンズは自身を見つめ直し、家族の愛を実感し、名作を生む。そんな文豪同様、家族の愛を糧に、現状と果敢に向き合ってきたダン・スティーヴンス自身も、名作に出合い続ける人生を歩まんことを!



[PROFILE]
1982年、イギリス生まれ。舞台を中心にキャリアを積みながら活躍の場を広げ、ドラマ『ダウントン・アビー』でブレイク。近年の映画出演作に、世界的に大ヒットした『美女と野獣』をはじめ、『嘘はフィクサーのはじまり』『シンクロナイズドモンスター』『結婚まで1%』『リディバイダー』『マーシャル 法廷を変えた男』『アポストル 復讐の掟』などがある。現在、『X-MEN』シリーズから生まれたドラマ『レギオン』に出演中。読書家として知られるほか、熱心な宮崎駿ファンでもある。


  • 『Merry Christmas!
    ~ロンドンに奇跡を起こした男~』

    1843年10月。スランプに陥っていた作家ディケンズ(スティーヴンス)は起死回生を狙い、クリスマスを題材にした小説を書くことに。だが、クリスマスまでに本を出版するには、6週間で書き上げなくてはならない。執筆に没頭するうち、ディケンズは小説の世界に入りこんでしまい……。●11月30日より、新宿バルト9ほかにてロードショー

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写真= Larry Busacca/Contour by Getty Images 文=渡邉ひかる

2018-11-30