——『ダイバージェント』から
テオ・ジェームズという名前を耳にし、すぐさま顔が思い浮かぶ人はなかなかの映画通だ。と同時に、一度でも目にしたら、なかなか忘れがたい容貌なのもテオ・ジェームズ。現在33歳の彼は、エキゾチックな香りのする二枚目として、確かな演技力を持つ実力派として、独自のスタンスで役者の道を駆け抜けてきた。
イギリス、オックスフォード出身のテオ・ジェームズだが、父方の祖父はニュージーランドに移住したギリシャ人。ニュージーランドで育った父親とスコットランド人の母親の間に、兄と姉2人ずつの末っ子として生まれた。エンターテイメントの世界に対する興味は早くから芽生えていたようで、ノッティンガム大学で哲学を学んでいる最中、舞台や短編映画の制作に携わるように。本格的にプロの俳優を目指すようになったのも、この頃からだったという。
その後、ダニエル・デイ=ルイスやジェレミー・アイアンズら錚々たる英国俳優たちを輩出しているブリストル・オールド・ヴィック演劇学校で演技を学び、2010年には名匠ウディ・アレンの『恋のロンドン狂騒曲』で映画デビュー。まだ在校中に獲得した役は小さくも印象的なもので、恵まれた映画デビュー作となった。ちなみに、ウディ・アレンという人は美形発掘眼も持っていて、『恋のロンドン狂騒曲』の前年に製作された『人生万歳!』では、後にスーパーマン役でブレイクする二枚目俳優ヘンリー・カヴィルをいち早く起用。ジェームズと同様、カヴィルの役も小さなものだったことを考えると、ウディ・アレン映画の脇で輝く二枚目がいたら、気にとめておいたほうがよさそうだ。
また、彼に注目していたのはウディ・アレンだけではなく、同じく2010年、ジェームズは日本でもNHKで放送され、人気を博した英国ドラマ『ダウントン・アビー』に出演。1エピソードのみの登場でありながら、物語の鍵を握る重要な役どころを務め、大いに話題を振りまいた。というのも、20世紀初頭を舞台にしたこの歴史ドラマでジェームズが演じたのは、オスマン帝国のハンサムな外交官。主人公の伯爵令嬢にひとめ惚れされ、当時の貴族社会では不道徳とされた婚前交渉に及ぶものの、その場で急死してしまい……という、衝撃の展開を託される役柄だった。このエピソードは物語のその後に大きな影響を及ぼすばかりか、ジェームズ自身の知名度を世界的に上昇させることに。「あの傑作エピソードに出ていたイケメンは誰か?」と、女性を中心とする視聴者たちの間で囁かれるようになる。
そんな彼に主演級の出演オファーが舞いこまないはずもなく、翌年には英国ホラー『BEDLAM -ベッドラム-』に主演。さらに2年後の2013年には、米CBSで放送された『ゴールデン・ボーイ』で米国ドラマへの進出も果たす。しかし、前者では霊能力を持つ青年、後者では野心にあふれた警察官を熱演するものの、主演スターとしての本格ブレイクには至らず。一方、映画出演作としては、シリーズ4作めを迎えるホラーアクション『アンダーワールド 覚醒』に出演。戦うヴァンパイアとして主人公とともに活躍を見せるが、作品への評価に足を引っ張られる格好となる。
なかなか煮え切らない時期を脱したのは2014年、ティーン向けベストセラー小説を映画化した『ダイバージェント』に起用されてからのことだ。性格診断テストで人類が5つの共同体に分けられる世界を舞台にしたSFアクションで、ジェームズは屈強な戦士フォーを演じることに。どの共同体にも属さず、異端者(ダイバージェント)として壮絶な運命を歩むヒロインを相手に、秘密のロマンスを繰り広げる役どころだ。厳格な戦士でありながらも禁断の恋に苦悶する青年は外見的にも、憂いと影を湛えたジェームズのはまり役といったところ。シャープで美しいアクションも絶賛され、続編となる『ダイバージェントNEO』『ダイバージェントFINAL』までの計3作でフォーを演じ続けた。こうしてスター俳優の仲間入りを果たしたジェームズは、『ダイバージェント』シリーズ継続中の2015年、〈ヒューゴ・ボス〉のフレグランスの新アンバサダーにも就任。歴代の広告塔であるジェラルド・バトラー、オーランド・ブルーム、ライアン・レイノルズらと肩を並べる。
たとえ1つでも、代表作と呼べる作品を手に入れた俳優は強い。『ダイバージェント』シリーズ後のジェームズは、癖の強いキャラクターから観客を物語世界へと導く主人公まで、様々な役柄に嬉々としてチャレンジしているように思える。アイルランドが誇る名匠ジム・シェリダンとの初タッグとなった『ローズの秘密の頁(ページ)』は、第2次世界大戦下のアイルランドという暗い過去に、徹底してシビアな眼差しを向けた作品。ジェームズの役どころはお世辞にも褒められない、いわゆる厄介な悪役だが、語るべき物語の一端を彼が喜んで担っているのが伝わってくる。まもなくの日本公開となった『バグダッド・スキャンダル』も同様。国連史上最悪のスキャンダルを題材にしたポリティカル・サスペンスで、ジェームズは理想に燃える若き国連職員に。フセイン政権下、困窮するイラク国民のために国連主導で行われた人道支援計画"石油・食料交換プログラム"の悪しき実態を目にし、告発へと乗り出す主人公を熱演している。私欲と思惑に振り回され、陰謀の渦中でもがく青年役は屈強なアクションヒーローに程遠いが、これもまた語るべき物語。自らのルーツでもある国、ギリシャの難民キャンプを訪れるなど、社会問題の解決にも関心を寄せてきたジェームズの信念が伝わってくる。この作品で彼は、キャリア史上はじめて製作総指揮にも名を連ねた。
俳優デビュー、ハリウッド進出、ヒット作への出演からプロデューサー挑戦まで、結局のところ、すべてをスマートに成し遂げてきたようにも見えるテオ・ジェームズ。冒頭にも触れたように、まだ33歳の彼はこれからどこへ向かうのか。映画ファン以外の日本人に彼の名前が浸透する日も、そう遠くはないと思う。
[PROFILE]
1984年、イギリス生まれ。2010年に俳優デビューを果たし、同年、TVドラマ『ダウントン・アビー』で注目を集める。以降、『アンダーワールド』シリーズ、『ダイバージェント』シリーズなどに出演し、スターの地位を確立。ほかの出演作に、悪徳実業家役の『バッドガイズ!!』、アンドロイド役の『ホンモノの気持ち』、終末世界をサバイブする男役の『すべての終わり』などがある。ボーカリストとしてバンド活動を行っていた時期もあり、ギター、ピアノ、サックスなどの演奏も得意としている。
2002年。国連事務次長の特別補佐官になったマイケル(ジェームズ)は、イラクの"石油・食料交換プログラム"を担当することに。だが、理想的な人道支援に思えたこのプログラムは、汚職にまみれたものだった……。元国連職員が自身の体験をもとに著したベストセラー小説を映画化。●11月3日より、新宿シネマカリテほかにてロードショー
写真=Ricardo DeAratanha 文=渡邉ひかる
2018-10-25