—『6才のボクが、大人になるまで。』から
まだティーンエイジャーだったイーサン・ホークが『エクスプロラーズ』でポンコツの宇宙船を作っていたとき、あるいは『いまを生きる』で名門校の厳格な規則に縛られる学生だったとき。彼が47歳になった今も現役のハリウッド俳優として、映画界で活躍する姿を想像できただろうか。もちろん、デビュー当時からのきらめきと演技力を考えれば当然のことかもしれないが、それでも何が起こるかわからないのがショウビズ界。繊細な雰囲気はそのままに、大人の男の渋さを身につけたイーサン・ホークの現在を頼もしく思う者は多いだろう。
いわゆる子役から、円熟した大人の俳優へ。その階段を、イーサンは実に冷静な方法で上ってきた。冒頭に挙げた『エクスプロラーズ』と『いまを生きる』は彼の10代を代 表する作品となったが、2作を繋ぐ4年間は学業を優先。『エクスプロラーズ』で共演したリバー・フェニックスの成功を見つめつつもニューヨーク大学などで学び、ハリウッドとの距離を置いている。新進俳優としては随分と大胆な決断だが、今にして思えば、このスタンスこそが"イーサン・ホーク"だといえるかもしれない。映画界復帰後の'90年代には『リアリティ・バイツ』『恋人までの距離(ディスタンス)』『ガタカ』などに出演する一方、小説家としてもデビュー。俳優仲間との劇団結成やブロードウェイ出演も果たしており、決してハリウッドの枠にとらわれていないことがわかる。処女小説『痛いほどきみが好きなのに』は後に自身で監督を務め、映画作品としても世に送り出した。つまり、イーサン・ホークは俳優であり、小説家であり、映画監督でもあるのだ。映画版『痛いほどきみが好きなのに』が日本公開された2008年には『Safari』本誌のインタビューに応え、自身のマルチな才能についてこう語っている。「幸運なことに、僕は若くして様々な機会を与えられてきた。だからこそすべてにおいてスキルアップしたいし、10年、20年先も学び続けたい。ただ、このようなインタビューを受けると、帰り道では大抵キャリアに思いを馳せ、"ああ、僕は次に何をすればいいんだ? 何ができる?"と考えこんでしまうんだ(笑)。幸せな悩みだけどね」
このインタビュー直前の2007年11月には、オフ・ブロードウェイで記念すべき演出家デビュー。「次に何をすればいい?」と悩みたくなるのも納得の多才ぶりだ。とはいえ、矛盾を促すわけではないが、やはりイーサン・ホークはハリウッド俳優だ。舞台演劇人として、文筆家として、映画監督として輝きを放っても、充実した映画出演作が映画俳優の彼を忘れさせない。"ジェネレーションX"の憂鬱を描いた『リアリティ・バイツ』は今も愛される青春映画の名作であり、旅先で出会った男女のラブストーリー『恋人までの距離(ディスタンス)』は続編も製作される大人気シリーズとなった。元妻ユマ・サーマンとの出会いの場でもあるSF映画『ガタカ』も、カルト的な人気を博し続けている。さらに、2000年を境に30代となったイーサンは俳優としての評価をよりいっそう高め、デンゼル・ワシントン共演の『トレーニングデイ』でアカデミー賞助演男優賞にノミネート。正義感あふれる若手刑事を演じ、悪徳刑事役デンゼルとのスリリングな演技合戦を披露している。
もちろん、出演作のすべてが成功作といえるほど俳優業は甘くないが、製作規模の大小を問題にせず、ジャンルにこだわらず、"恐れない作品選び"を続けているのもイーサン・ホークのユニークさ。ホラー映画『フッテージ』が全米で大ヒットした2012年には"イーサン・ホーク+ホラー映画"の組み合わせに驚かされたが、『フッテージ』はその後のキャリアの起爆剤に。『恋人への距離(ディスタンス)』の続々編となる『ビフォア・ミッドナイト』、再びホラー映画に挑戦した『パージ』、そして『6才のボクが、大人になるまで。』へと続いていく。もっとも、『6才のボクが、大人になるまで。』はある家族の12年間を追ったファミリードラマであり、実際の撮影も2002年7月から2013年10月の間で断片的に実施。イーサンは『トレーニングデイ』後あたりから作品に関わっていたことになる。12年にわたる撮影期間にひるむ俳優も多いだろうが、きっと彼の中にはプロジェクトを面白がる気持ちがあったに違いない。離婚した妻との間に娘と息子がおり、離れて暮らす彼らの人生にしばしば関わる父親の12年間を等身大で演じ、イーサンは再びアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。ちなみに、この映画の監督であるリチャード・リンクレイターとイーサンは、『恋人への距離(ディスタンス)』シリーズでも組んでいる旧知の仲。リンクレイター監督は自身に不測の事態が発生した場合は、監督経験のある盟友イーサンに残りの製作を託す心積もりだったそうだ。
『6才のボクが、大人になるまで。』が公開された2014年。劇中の少年が青年になったように、イーサンも40代半ばに。渋みのある役がますます似合う年齢になった。『ブルーに生まれついて』では伝説のジャズトランペット奏者チェット・ベイカーを熱演し、天才の危うさを繊細に表現して絶賛評を獲得。アレハンドロ・アメナーバル監督と組んだ『リグレッション』では今をときめくエマ・ワトソンと共演し、事件の闇に翻弄される刑事を演じている。また、『しあわせの絵の具 愛を描く人モード・ルイス』では、カナダの女性画家モード・ルイスの夫役に。魚の行商を営みながら寡黙に生きる男の武骨な佇まいは、これまでのイーサンにはないものだった。そして、『トレーニング デイ』のアントワン・フークア監督、デンゼル・ワシントン共演の『マグニフィセント・セブン』は三者に感慨を与えた作品だろう。15年ぶりの顔合わせで、名作西部劇『荒野の七人』のリメイクに挑んでいる。
50代突入まで、あと2年。年齢を重ねるごとに、年齢に見合った形で魅力を放つイーサン・ホーク。こんなにもワクワクさせ続ける人は、なかなかいない。
[PROFILE]
1970年、米・テキサス州生まれ。1991年に『ホワイト・ファング』で映画初主演。翌年にはチェーホフの『かもめ』でブロードウェイデビュー。以降、映画に舞台に活躍。監督、脚本家、小説家としての評価も高く、『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』ではアカデミー賞脚色賞にノミネートされている。今後の出演作に是枝裕和監督最新作『The Truth(英題)』など。来年1月24日(本公演)からはブロードウェイで故サム・シェパード作の舞台『トゥルー・ウエスト』に出演する。
1990年。ミネソタ州の刑事ケナー(ホーク)は、父親の虐待を告発した少女の事件を調べることに。訴えられた父親は記憶がないにもかかわらず罪を認めるが、やがて事件の真の闇が浮かび上がってくる。『アザーズ』のアレハンドロ・アメナーバルが、実話から着想を得て描いたサスペンス。●9月15日より、新宿武蔵野館ほかにてロードショー
写真= Jean Claude Dhien/Contour by Getty Images(表紙)、Carolyn Cole/Contour by Getty Images 文=渡邉ひかる
2018-09-14