PEOPLE*


身動きが取れなくなったことで
自分自身と人生に向き合うんだ。
前に進むためにね。


アーミー・ハマー


アーミー・ハマー

いまやすっかり市民権を得た“イケメン”なる表現。これを用いるのが心苦しいほど整った顔立ちに、2m近くに及ぶ高い身長。しかも、曾祖父は石油王で、父親も著名な実業家。アーミー・ハマーは明らかに恵まれた星の下に生まれた男だ。だが、そんな彼にすら容易にチャンスを与えはしないのがハリウッド。両親の反対を押し切ってハイスクールを中退し、演劇学校に通いはじめる17歳に待っていたのは厳しい洗礼だった。

「オーディションを受けては、不合格になる毎日だったよ。挫折の連続だね。『背が高すぎる』『瞳の色が気に入らない』 『髪の質感がイメージとは違う』『雰囲気が合わない』なんて、否定されてばかりだった。でも、人生で重要なのは挫折をどう乗り越えるか。それを後の日々にどう生かすかだと思う。僕は粘り強いタイプだしね。大抵の人は役者を5~6年目指して4000回もオーディションに落ちたら諦めるだろうけど、僕は決して諦めなかった。根気にはちょっと自信があるから」

根気が実り、子供時代から密かに憧れ続けた世界で注目を集めはじめたのは、Facebookの創設者マーク・ザッカーバーグを主人公にした映画『ソーシャル・ネットワーク』のとき。ザッカーバーグと因縁関係にあるエリート双子兄弟を1人2役で演じ、一躍ライジングスターとなった。そこからの説明は、映画ファンには不要だろう。一度のチャンスさえ掴めば道は開けるもので、続く『J・エドガー』はクリント・イーストウッド監督作にしてレオナルド・ディカプリオ共演作。ジョニー・デップ共演の痛快西部劇『ローン・レンジャー』では、タイトルロールを堂々と演じた。この作品の公開時には、2度のプロモーション来日も果たしている。しかし、「映画ファンには説明不要」と述べたように、万人に知られるトップスターへの道はまだまだ遠い。出演作を自由自在に選べるスターは、それこそディカプリオやジョニー・デップらほんのひと握りの人間だ。

そんな中、さらなるステップアップを望んでチャレンジを求めたアーミーは、『ALONE/アローン』の脚本に出合う。物語の舞台は、地雷の埋まった砂漠。主人公は、地雷を踏んで身動きが取れなくなってしまったアメリカ軍兵士。救助部隊が到着するまで52時間、兵士は水も食料も限られた状況を生き抜かなくてはならない。「ひとつの場所で繰り広げられる単純なストーリーだし、僕はただずっと膝をついていればいいだけだと思ったんだ」と笑いながら、脚本を手にした当時を振り返るアーミー。もちろん、読み進めるうちに、彼はその考えをすぐさま覆す。

「ロケは主に1カ所で、砂漠で身動きできない状況が物語の7割を占める。並行して主人公の過去が描かれてはいくけど、ワンシチュエーションを飽きさせず、興味深い物語として観客に届けなくてはならない。コンセプトが面白い反面、チャレンジングな役になるだろうと思ったんだ」

まさに、求めていたチャレンジが到来。アーミーは作品に飛びつき、主演だけでなく製作総指揮にも名を連ねることに。そして、撮影がはじまるやいなや物理的に、精神的に、様々なチャレンジに直面することになる。

「最も困難だったのは自然の厳しさ。モロッコにある小さな島で撮影したんだけど、とにかく暑かった。大きな砂嵐にも悩まされたよ。そんな中、僕はおそらく1カ月半は右膝で跪いた状態だった。地面の砂がまるで紙やすりのように感じられたね。でも、一瞬も動けない主人公の状況は、彼自身の心を象徴するものでもある。前向きに生きる強さに欠けた彼は、身動きが取れなくなったことで自分自身と人生に向き合うんだ。前に進むためにね。心が折れそうになることもあったけど、過酷な撮影が演技に役立ったよ」

撮影が行われたのは、2014年。過酷な撮影と自分に課したチャレンジを乗り越えたアーミーは、黒人奴隷の苦闘を描く『バース・オブ・ネイション』、ほぼ全編ガンアクションが続く『フリー・ファイヤー』、デザイナーのトム・フォードが監督を務めた『ノクターナル・アニマルズ』、天才芸術家ジャコメッティの肖像画モデルを演じた『ジャコメッティ 最後の肖像』と、その後も様々なタイプの作品に出演。ディズニー&ピクサーの『カーズ/クロスロード』では、アニメの声優にも挑戦した。

それらの作品に共通するのは、やはりチャレンジとなるか否かだろう。そんな状況が確実にステップアップをもたらしていた2016年、彼は最大にして最高のチャレンジに巡り合う。それが『君の名前で僕を呼んで』だ。'80年代北イタリアを舞台にした物語で、アーミーは17歳の少年と恋に落ち、その恋心と静かに向き合う22歳の青年オリヴァーを演じることに。「僕ら俳優はどんな役柄でも、演じる際は恐怖と不安を抱えるもの」と公開時のインタビューで語っていることからもわかるように、オリヴァーは明らかに難役といえるキャラクターだった。しかし、アーミーは見事な演技を披露し、ゴールデン・グローブ賞の助演男優賞にもノミネート。相手役を演じて大躍進を遂げた若手俳優ティモシー・シャラメともども昨年度映画賞レースの中心的存在となる。いったい、演じる恐怖や不安をどのようにして拭い去ったのか。アーミーは「ハートを奪われるほど素敵な仲間と過ごし、物語を疑似体験する感覚になれたのがよかった」と共演者やスタッフを称賛している。

そんな彼の次なる挑戦はなんだろうか。こう思う間もなく、6月29日からは舞台『ストレート・ホワイト・メン(原題)』に立つことが決まっている。アーミーにとってはブロードウェイデビュー作となり、これまた大きなチャレンジになることは間違いなさそうだ。

「僕自身、人生に立ちはだかる壁に直面し、どう乗り越えたらいいのかわからないときがあった。ひとつだけ確かなのは、前に進むには勇気がいるということ」

そういえば『ALONE/アローン』のインタビューで、こんなことも言っていたアーミー。チャレンジする勇気というものを、彼はきっと誰よりも知っている。



[PROFILE]
1986年、米・カリフォルニア州生まれ。TVドラマ『ヴェロニカ・マーズ』や『ゴシップガール』に出演した後、『ソーシャル・ネットワーク』でトロント映画批評家協会賞助演男優賞を受賞。『白雪姫と鏡の女王』の王子役や『コードネーム U.N.C.L.E.』の敏腕スパイ、イリヤ・クリヤキン役などでも知られる。アメリカの最高裁判事ルース・ギンズバーグの夫を演じた『オン・ザ・ベーシス・オブ・セックス(原題)』をはじめ、公開待機作多数。2010年に結婚した妻との間に2人の子供がいる。


  • 『ALONE』

    暗殺任務に失敗して退却を余儀なくされた米軍兵士マイク(ハマー)が、砂漠で地雷を踏んでしまうサバイバルスリラー。1mmも動けない状況下で、自身の人生と向き合うマイクの孤独なドラマが展開する。監督はイタリアの新鋭ユニット、ファビオ・レジナーロ&ファビオ・グアリョーネ。●6月16日より、新宿シネマカリテほか全国ロードショー

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写真= Corina Marie Howell 文=渡邉ひかる

2018-05-31