2000 年に誕生した〈シャネル〉“J12”が、初のフルリニューアルを敢行。セラミックを広く浸透させた〈シャネル〉の、そして時計界のアイコンは、オリジナルのスタイルをキープしながら、全く新しく生まれ変わった。
時計好きなら左の写真を見て、これが〈シャネル〉J12だとわかるはず。でもフルモデルチェンジされた新作だと気づける人は、きっと少ないだろう。なにしろデザインを手掛けたアルノー シャスタンは「オリジナルからなにも変えない」ことを目指したのだから。でも実際には、「すべてを変えた」とも彼は語る。なにも変えず、すべてを変えた。まるで禅問答みたいだ。
「見た目を全く変えるという選択肢も、私にはあった。しかし〈シャネル〉のアイコンとなったオリジナルのJ12を尊重し、新たなミューズとすることを私は選んだのです。それは一からデザインを起こすよりも、遥かに難しい作業でした」
時計に限らず、アイコンと呼ばれる傑作は、ひと目でそれとわかるスタイルを持つ。そしてそれを保ったまま、時代に合わせた進化を果たすものもある。〈ポルシェ〉911がその好例だ。シャスタンがなにも変えなかったのは、オリジナルのJ12が持つスポーツウォッチとしてのピュアで伝統的なスタイル。逆回転防止ベゼルやリュウズガード、立体的なケース、つけ心地がいいブレスレット、メリハリがきいた見やすいダイヤルなどだ。
「J12の本質を完全に理解するために毎日身につけ、また構成するデザイン要素のすべてを分解して1つずつ解析しました。そして各ディテールを慎重に手直しし、組み合わせて検討しながら微調整を何度も何度も繰り返したのです。その作業は結果的に、4年にも及びました」
オリジナルのJ12は、特にブラックはマスキュリンな雰囲気だった。ところが新生J12は見た目に変わっていないのに、どこかエレガントでジェンダーレスな印象になった気がする。そこがシャスタンのデザインの妙。ベゼルをスリムにし、リュウズも小さくしたことで、旧作の力強さを少し和らげているのだ。細身のベゼルになったことで、ダイヤルが広がりゆったりとした表情にもなっている。ブラックモデルの針の夜光塗料はブラックに変更。それがスケルトン針のように見え、ヌケ感が出ている。ブレスレットのコマも長く薄く仕立て直されている。
「ケースはモノブロック構造とし、裏側までセラミックに。そして中央をサファイアクリスタルとし、新型ムーブメント、キャリバー 12.1を見せています」
この新しいムーブメントが今回のリニューアルの目玉の1つ。昨年〈シャネル〉が出資を決めたムーブメント会社ケニッシ社製の自動巻きで、70時間のパワーリザーブとCOSC取得の高精度を誇る。円と半円を組み合わせたローターのデザインはいかにも〈シャネル〉らしい。
「2000年、デザイン学校の学生だった私は、発表されたJ12を見て衝撃を受け、時計デザイナーになることを決意しました。J12は、常に私のクリエイションのお手本でした。今の職業に導いてくれたモデルと、私は対峙したわけです」
そしてシャスタンは、オリジナルのDNAを完璧にキープしながら、すべてを変え、J12はよりコンテンポラリーでエレガントに生まれ変わった。
[シャネル J12]
右:ケース厚は1㎜増したが、裏蓋側の外周を絞り、横顔はスリムに仕立てた 左:シースルーバックに新型キャリバー 12.1の姿を見せる。ローターは比重が高いタングステン製で巻き上げ効率にも優れる。仕上げも美しい
[アルノー シャスタン]
シャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクター。応用美術とプロダクトデザインを学んだ後、〈カルティエ〉で10年間時計デザイナーを務めた。2013年〈シャネル〉に入社。新作時計の数々を手掛ける。
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文=髙木教雄
2019-04-25