GOURMET*


Osteria Francescana

席数わずか38のイタリアンが、
なぜ世界一になったのか!?


おそらく今、世界で最も予約が取りにくいレストランのひとつだろう。イタリアのモデナにあるイタリア料理店〈オステリア・フランチェスカーナ〉は、美食業界だけでなく、イタリアの観光業にまでも影響を与えるレストランとしても注目を集めている。



先の6月にスペイン・ビルバオで開催された"世界ベストレストラン50"2018年度のアワードで、〈オステリア・フランチェスカーナ〉という料理店が見事に世界一に輝いた。このアワードは、世界中の食の専門家や美食家たち1040人が、過去18カ月に訪れたお店の中から、年に1回の投票で世界のトップ50のレストランを決めるもの。今や"食のアカデミー賞"とも呼ばれ、ほかのガイド本やアワードを凌ぐ人気と注目度を誇っている。同レストランが世界一に輝くのは、2016年に続いて2度めの快挙。私は日本評議委員長として、毎年このアワードに参加しているが、今回の受賞結果には2つの重要なポイントがあると思っている。

ひとつは、モデナというイタリアでも地方都市の小さなレストランが1位に輝いたという点だ。モデナは、バルサミコ酢やパルミジャーノ・レッジャーノに象徴される美食のエリアとして知られるが、ひとつのレストランの報道を通じて、世界に美食のイメージを伝えられる社会的な影響力は計り知れない。

もうひとつのポイントは、このアワードのユニークな投票方法にある。評価の基準は投票者に委ねられていて、料理の味やクオリティだけなく、お店のインテリアやサービス、あるいはシェフの哲学や思想までも評価の対象になる。そこがミシュランなどの従来のガイド本との違いだろう。とりわけ、シェフの活動や人となりは重要な要素。その意味でいえば、〈オステリア・フランチェスカーナ〉のシ ェフ、マッシモ・ボットゥーラ本人の存在感の大きさは特筆に値するだろう。

マッシモは、地元の食材をリスペクトした料理で、名だたる賞を総なめにするほどの実力者であるが、世界的に評価されている理由は、彼の社会的な活動にもある。たとえば、彼が近年取り組んでいる"レフェットリオ"と呼ばれるボランティア活動がその象徴だ。これは、廃棄される食材を使って、貧困層に料理を提供するというプロジェクトである。社会問題になっている食品ロスと貧困問題を、美食でアプローチする大胆かつユニークな活動なのだが、消費主義社会とガストロノミーという、今日私たちが抱える、ある種の二律背反的な哲学的なテーマに、シェフという立場から食いこんでいるところが大きく評価されている。

実は、この2点は今の日本が抱える社会的なテーマとも符合することを見逃してはならない。前者は、地方活性のための起爆剤として、レストランに大きな可能性があるという啓示でもある。日本の地方は豊かな食材と食文化を誇っているが、「その潜在的な資産をレストランから発信すべきだ」とマッシモも指摘する。

もうひとつは、日本の食品ロスの不名誉な数値の大きさにある。日本は食品の多くを輸入に頼りながら、食品ロスを発生させることの罪深さを、今一度見直す時期に来ているはずだ。決定的な解決の糸口が見出せない現在、マッシモの活動は多くの示唆に富んでいると思う。マッシモの詳細は、昨年末に上梓された『世界一のレストランオステリア・フランチェスカーナ』(池田匡克著 河出書房新社刊)に書かれいるので、是非ご一読を願いたいが、彼のレストランが世界一として評価されるのは、美食を通じて世界を変革しようとする、その想像力にこそある。レストランのメディア化が指摘されて久しいが、質の高さとバリエーションの多様さにおいて、世界に冠たるレストラン大国でもある日本こそ、大きなチャンスがある。今こそ、多くの人に、レストランの真の楽しみ方と、戦略的な活用法に目覚めてほしいと願うのである。

 

  • 2018年度の"世界ベストレストラン50"で、世界一の栄冠を手にした〈オステリア・フランチェスカーナ〉のシェフ、マッシモ・ボットゥーラ

  • 今回のアワードは、美食の街で知られるスペイン・バスク州のビルバオで開催された。美食を、さらに観光の重要なコンテンツにしようと、このアワードも戦略的に地元が誘致した


  • 取材・文 中村孝則 美食評論家

    1964年神奈川県葉山生まれ。ファッションからカルチャー、美食などをテーマに新聞や雑誌、テレビで活動中。主な著書に『名店レシピの巡礼修業』(世界文化社)がある。2013年より"世界ベストレストラン50"の日本評議委員長も務める。


2018-09-14